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蒼き草原の獣 -黎明の時-  作者: 沢井 淳
一章 人生の選択
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一章 人生の選択 1

 いつもの昼下がりなら、中庭は穏やかな日差しのもと昼寝や遊具で時を潰す学生が多い。しかし今の中庭は、決闘騒ぎで人だかりの山と化していた。

「ダン、死なねぇ程度にがんばれー」

「おめーの倍率、ハンパじゃねからぁ」

「負けて元々だぁ、根性だけ見せろぉ。お前にあるのならだがぁ」

 などは同じ寮生の励まし。

 その他はすべてダンへのヤジ、罵倒であり、暖かい応援やら黄色い声援は決闘相手であるコオルタへ向けられていた。

 悪意が七に、冷やかしが二、のこり一つが応援と見ていいのかな。

 あたりの声を冷静に分析しつつ、ダンはぼそっとつぶやいた。

「ぼくは悪役ですか」

「なんだ、今頃気付いたのか」

 傍らからの相づちに、ダンはため息を吐いて振り向く。視線の先には滑らかな曲線を描く二重顎に、ぷにぷにした頬を持つ眉目秀麗な同級生、自称『美少年』通称『子豚』のダダン・ドッガ・ユジーンが薄気味悪い笑みを浮かべて佇んでいた。

 こいつ、ほんと楽しそうだな。

 苦々しい思いを抱きながらダンは答えた。

「こうなったときから気付いていたよ。なにしろ相手は氏族で女子にも人気。かたやこっちは平民出身の貧乏人、ついでに女生徒の受けがよろしくない。今の状況など、目に見えてしかたなかった」

「悟っているな」

「忘れたいくらいにね。それよりもユジーン、君は楽しそうだね」

「あぁ楽しいね。ついでに賭けてやったぞ」

「誰にさ」

「無論、ダン、君に賭けた。一万ギニィだが」

「太っ腹だね」

「それは嫌みか、ダン」

 くりっとした目を細めて睨んでくる。

 ダンは気にせず、黒く大きめの学生服を張り裂けんほどに着こなしたユジーンを眺める。

 同じ制服とは思えないなぁ。

 自分と見比べてダンは口にした。

「いや、言葉通りさ」

「それを嫌みと言うのだ、馬鹿者」

「ですか。にしても一万とはね。これだから氏族は」

 遊びに一万。昼飯代として用意している金額が三百ギニィの平民ダンにとって、一万は巨額に当たる。

 やっぱ氏族のボンボンは違うね。負けてやろうか。

 各種の負け方をダンは知っていた。

 剣術の授業でも練習試合でも、つねにダンは負けている。その結果、負け方に関しては何通りも習得したのだ。この決闘も気付かれることなく、りっぱに相手を立てて負ける自信はあった。

 でも今回ばかりは。

 勝たねばならない。

 勝てば憧れの職業、守護警士への道が一つ開かれるのだ。

 やるしかないね。

 意を決するなか、ユジーンの声が聞こえた。

「ダン、まさか負ける気じゃないだろうな」

「今、そのあたり考えていたところさ」

 心は決まっても、そう簡単に教えるわけにはいかない。不満の元凶は腐れ縁の幼なじみ、ユジーンなのだから。

「なにか問題でもあるのか」

 ありありだね。この際、すっきりさせてから行くか。

 ダンは軽く首を回し、柔軟体操をしつつ口にした。

「お前に得をさせるのも、癪だなと」

「ふん、そんなことだと思った。しかしだな、氏族の私にとって一万などはした金だ。まぁ見返りはかなり巨額になる気もするが、そのあたりは安心しろ」

「どう安心するんだ」

 手首を捻りながら、さらさらの金髪を耳元で綺麗に切りそろえた子豚を見下ろす。

 するとユジーンは、不敵な笑みを浮かべて言ってきた。

「今後、一ヶ月は昼飯を奢ってやろう」

「なに」

「しかも学食最高値のドルシチアン定食だ」

 ダンの目がくわっと見開かれる。

 ドルシチアン定食とは、まるまるとしたドルシチアン鳥を香味野菜と一緒に長い間煮込んで、セビビリアンの辛味をこれでもかと振りかけた激辛肉料理に、一般食のサマンと香味煮汁が込みで九百ギニィという学食最高級品だ。ちなみに学食以外で食せば、五千ギニィは軽く越える料理である。

 もちろんダンはセミサ上級学校に入ってからの四年間、まったく口にしたことがない品だ。驚くのも無理はない。

「そ、それは太っ腹だなぁ」

「また嫌みか」

「い、いや、違いますよユジーン。言葉通りです」

「それが嫌みというのだ」

 ユジーンの睨みを軽く無視し、柔軟を終えたダンは対戦相手のコオルタへ意識を向けた。

 彼、結構強かったよな。

 ニルム・トウィン・コオルタは氏族の家系であり、セミサ上級学校の『五剣士』と呼ばれる剣士、その一角を担っていた。

 二番手かぁ。ただ実力だけなら『あの人』をも上回るとか。

 噂を意識しつつ、ダンはコオルタ側にいる『あの人』へ焦点を合わせた。

 いつ見ても……やっぱいいねぇ、きみは。

 見惚れる相手の名は、ジェッカー・コース・ウララ。英雄ジェッカーの血を引く氏族であり、長い金髪と凛とした雰囲気をまとう、校内の姫君と呼ばれる少女。ダンにとっては高嶺の花であり、未だまともな会話はしたことがなかった。今朝までは。

 ぼくが彼女と話せる日が来るとは……まぁなにもかも終わったけど。

 上級学校への入学式から抱いていた淡い思いも、一気に凍りつくような出会いとなってしまった。

 なんでこんなことに。

 後悔の念がじんわり広がっていくなか、ウララがダンのほうを見たので、思わず目を伏せてため息を吐く。

 やるせないが。やるしかないのが今だ。

 鬱積した思いを吹っ切っていくなか、ユジーンが軽く背中を押してきた。

「なんだよ、ユジーン」

「はじまりの時だ。もう君に悩んでいる暇はないんだ」

「悩んでなんか。心は決まっているんだ」

 吐き捨てながらダンは正面へと向いた。

 相手もまた一歩中央へ踏み込んでくる。

「そうか、なら自分の手で掴み取れ」

「わかっている」

「良い答えだ。せっかく舞台を整えてやったんだ、無駄にするなよ」

 そうだ。無駄にはできない。

 最初は嫌々だったが、今はもう違う。

 この一戦で、ぼくの未来が決まる。

 ダンはゆっくり息を吐き、腰に差していた木剣の柄へ手を伸ばした。

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