こんな夢を観た「義賊が新宿で大暴れ」
世間では「ハムスター小僧」の話題で持ち切りだった。「現代版ネズミ小僧」などと呼ばれ、金持ちから金品を奪い、それを低所得者に分け与える、という噂である。
わたしと桑田孝夫は、新宿の喫茶店でチキン・バスケットをつまんでいた。
「そんなのがいたら、おれもおすそ分けが欲しいもんだ」桑田はチキンにレモンを搾りながら言った。
「実在はするらしいよ。ついこの間も、練馬の方で宝石店が襲われたっていうじゃない」わたしは、2、3日前に見たテレビ・ニュースを引き合いに出した。
「だとしてもよ、しょせんは悪党なんだろ? 盗んだ金なんて、どうせ自分で使っちまうに決まってる」
パトカーのサイレンが鳴り響き、表がなにやら騒がしくなった。
「何があった? 事件か、それとも事故か!」桑田は窓に顔を貼りつけるようにして、外の様子をうかがう。
客の1人が、ケイタイのワンセグを見て声を上げる。
「うおっ! おい、見ろ。例のハムスター小僧がまた出たってよ」
相手もケイタイをのぞき込み、「まじかよ。しかも、すぐそこの高層ビルじゃんか」と興奮して騒ぐ。
わたしはテーブル越しに顔を近づける。
「聞いた? この新宿にハムスター小僧が現れたらしいよ」
「ああ。それにしたって、高層ビルとはな。逃げ道なんか限られちまうだろうし、今日あたり、年貢の納め時かもしれねえぞ」
「行ってみる?」
わたしがそう聞くと、フンッと鼻を鳴らした。
「決まってんだろっ」
三角ビルの周辺を、幾重にもパトカーが取り囲み、数え切れないほどの警官達が待機している。
「こりゃあ、すげえ……」桑田はぽかんと口を開けた。
「人混みがすごくて、先へ行けないね。向かいのビルに上ってみようか」
「そうしよう」
わたし達はガラス張りのような高層ビルに入ると、エレベータに駆け込んだ。
「とりあえず、最上階のボタンを押しとくね」とわたし。
わたしと桑田は、あっという間に最上階まで運ばれた。ドアが開くのももどかしく、半開きをこじ開けるようにして転がり出る。
「こっち。こっちに窓があるよっ!」
「おうっ、そっちか。うひゃあ、めちゃくちゃな高さだなっ!」
見下ろすと、人も車もまるで砂粒のよう。
「スカイツリーなんて、これの3倍くらいあるんじゃなかった?」わたしは当てずっぽうに言う。
「そんなにかっ?! おれ、スカイツリーなんて上らなくていいや。地上にいるうちは、落っこちる心配なんてしなくてもいいからな」
向かいのビルでは、ヘリコプターが何機も旋回をしていた。それを狙って、ハムスター小僧がマシンガンを派手にぶっ放している。
「あれって、やばくね? こっちまで弾が飛んでくるかもしれねえぞ」桑田が心配そうにわたしを見る。
「大丈夫。ハムスター小僧はそんな人じゃない。きっと、ただの威嚇射撃だよ」そうは言ってみたものの、心の隅では不安だった。
「まあ、当たっちまったら、運が悪かったってことで、あきらめるとしよう」桑田は三角ビルに向きなおる。
ハムスター小僧の銃撃がパタッと止んだ。一瞬置いて、窓ガラスが粉々に砕けると、スケボーに乗った人物が飛び出してきた。
「無茶だっ!」わたしと桑田は、ほとんど同時にそう叫んだ。あいにく、きれいなユニゾンにはならず、耳障りな不協音が、キーンと余韻を残す。
宙を舞うハムスター小僧は、これでも喰らえとばかりに、奪った札びらを盛大にばらまいた。何千万、いや何億円だろうか。まるで花吹雪のように、ひらひらと落ちていく。
「そこをどいてちょうだいっ!」そう叫びながら、ハムスター小僧がわたしたちのいる窓へと向かってきた。
「よけろーっ」わたしは右へ、桑田は左へと飛び退く。
ガッチャン、という音とともに窓ガラスは微塵になって、白地に茶と黒のぶち模様のレザースーツが飛び込んできた。
まさしく「ハムスター」である。
「ごめんなさい-っ、ケガはしなかったーっ?」そう言いながら、廊下の奥へと走り去っていく現代の義賊。
「見たか、むぅにぃ?」興奮冷めやらず、と言った様子の桑田。それはわたしも同様だった。こくこくとうなずきながら、
「うん、見た。女の人だったね……」
地上は大騒ぎだった。
まんまと逃げられ、悔しがる警官隊。落ちてくる札を夢中になって拾う者、やんやと惜しみのない喝采を贈る者。
「今夜は、どこのテレビ局でも特集を組んで報道するだろうねぇ」わたしは言った。
「おれたち、インタビューされまくりだぜ、きっと。早いとこ帰って、もうちょい、ましな格好に着替えてくるか」
「うん、そうしよう。で、インタビューにはなんて答える?」
桑田は片方の眉をきゅっと持ち上げた。
「見たままを言うぜ。何かが飛び込んできて、ビューッと逃げていった。おれが見たのはそれだけだ」




