初めての最期
最終回―――
それは物語において絶対的な終わり。
エンディングなんてものがなければ、どの作品の主人公も主人公のまま歳をとっていくのに。
俺は、幸せになりましたとさ。なんて望んでないんだ。
確かにハッピーエンドは素晴らしいだろうと思う。見たことがないから何とも言えないが、ハッピーというくらいだ、登場人物全員が笑って終わるのだろう。
でも、だからなんだ?
それを見届けた読者は、観客は、一体どうすればいい?
世間一般ではそれでいいという風になっているが、俺は納得しないぞ。
作品が終わったら物語の主人公はどうなる。ヒロインは?モブは?
だから俺は最終回を見ない。エンディングをみないんだ。
ギリギリのところで妄想世界にシフトする。そして俺だけの物語が続いていくんだ。
そんな事を考える高校生 丸代 シュンヤ は、どうしてもエンディングが気になる作品に出会ってしまった。
どんでん返しも狙えるが、そうするには次の場面で何かしら起きなければならない。
こんな微妙な感じで最終巻予告を受け、気にならないわけがない。
最終巻を買って数ページだけ読むことも考えた。けれどそこで止める自信がなかった。
お得意の妄想に頼るには、自分の脳が足りなすぎてどんでん返しを狙えない。つまり主人公は死んでしまう。
ここでシュンヤは今までの狼藉を恥じ、素直にエンディングを受け入れようと決意した。
終わりがあってこその物語だ。
家を飛び出し、行きつけの書店に向かう。
近道のために人通りの少ない路地を選んだ。
しかしその出来事は突然のことだった。
ソレは路地に面した塀からゆっくり姿をあらわすと、そこに立つ高校生に気づき感応するように姿を変え始める。
徐々に何かを形成するソレは、濃い影のような、ひたすらに黒い闇だった。
―――――黒い。深い。暗い。こわい。
飲み込まれてしまいそうなソレに、コンクリート塀からのハイドアタックを食らったシュンヤの頭の中にはマイナスイメージがとてつもない速度で量産されていく。
こみ上げる恐怖に押しつぶされ、吹き出す冷たい汗を拭くこともできない。
しかし、脳内に溢れんばかりと浮かぶ恐怖を全否定するかのように、シュンヤの胸がドクンと高鳴ったのもまた事実だ。
絶対的な闇に対し、身構えることも禁じられた小さな人間は、その心に確かな興奮を感じていた。
この昂ぶりを誰かに伝えたいと思う。
やはり今すぐこの場を離れたいとも思う。
ここを離れれば誰かに伝えられるんじゃないか。
でも離れたら伝えようとしてたことを忘れてしまう気がする。
そもそも動けるのか。こんなわけのわからない、不気味なものを目の前にして。
手は動かなかった。足も地面に張り付いてしまったかのように固まっている。
「―――っ!」
しかし口だけは言うことを聞いてくれた。一度歯を力強くかみ合わせ、乾ききった喉から言葉を追い出す。
ここにいる自分の力を、存在を確かめるように声を荒げる。
何が起こるかわからないけれど。
何か起きてほしいような。
中二病のシュンヤにとって見逃せるわけがないイベントだった。
期待しているのだ。この不可解な現象に。
「なぁ、おまえはきっとこの世界のものじゃない何かなんだろ!? なら、ならさ―――」
決め付けて放った言葉は、しかしそこまでしか出てこなかった。
〝何か〟という曖昧な表現に怒ったかのように、目の前のそいつは形をしっかりと作り上げてしまったのだ。
手だ。人ひとりをゆうに飲み込んでしまえそうなほど大きな手。
再び訪れた沈黙、動かない時間の中でシュンヤの額を一粒の滴が走る。
―――――こうゆうピンチんときって、美少女が助けてくれたりするよね。
3メートルはありそうな巨大な手のひらが、立ちすくむシュンヤの目の前で開かれる。
絶体絶命の高校生を救ってくれるとんでも美少女など現れなかった。
これといった特徴のない高校生丸代シュンヤは、自分の有り余る好奇心を、中二病という厄介な病を煩ってしまったことを憎んだ。存在すらあやしい何かに殺される、残念すぎる自分にガッカリした。
徐々に近づく黒い影。関節が動き、丸まり始める。
前、左右、頭上すらも影に包まれたシュンヤは、唯一の逃げ道である後方からのまぶしすぎる光を感じていた。あの光に届けば助かるのだろう。しかし、振り向くこともできなかった。
ごう! と音を立て拳が握られる。
そしてその瞬間、大嫌いで仕方なかった〝終わり〟を確信した。