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第二幕  容疑者Mの友情、もしくはだから俺はキラワレル(微笑)

容疑者Mの恋、の続きになります。

一話ごとに毎日更新していこうと思います。

 金曜日の夕方過ぎ、学校から帰って来た俺は荷物をまとめていた。

 盗んだバイクで走り出す時間は終わったのだ。

 髪を金髪に染めても生まれ変われることもなく、最初から分かっていた終着点にたどり着いた。

 そして俺――村瀬鍵は親友に会いに行くための準備をしていた。

 そこにチャイムの音がした。

「はーい」

 母親は留守なので――誰だろう、と思いながらも玄関を開けると同い年くらいの、しかし見たことのない女の子が立っていた。

 ショートヘアーの髪の顔の可愛い女の子だった。しかしその瞳には凜とした強さが見える。

「こんばんは」

 その少女は愛らしいが瞳と同じく凛と響く声でそう言った。

「どちら様ですか?」

 少女はじっと俺を見つめて言った。

「お前が村瀬健か?」

「はあ」

 初対面の女の子にいきなりお前呼ばわりされて気分はよくないものの、俺は気の抜けた返事を返した。

 そこで彼女はやっと名乗った。まあ、女の子故に慎重にならざるを得ないのは当たり前かもしれない。

「私は雪乃野雫。舞上仙太郎君の今の先輩だ」

 俺は驚きの顔になった。

 舞上仙太郎は俺の小学校からの親友だ。

 しかし俺は彼と高校一年生の終わりにひどい喧嘩をして、その後仲直りしないうちに仙太郎は引っ越していった。それが四月の半ばのことだった。

 そしてゴールデンウィークを明日に控えた今、仙太郎の先輩を名乗る少女がやって来た。

 嫌な予感が脳裏をよぎった。

「まさか、仙太郎に何かあったんですか!」

「別に何も」

「え?」

 拍子抜けしたのも束の間だった。

「こちらに来てから仙太郎に困ったことはない。何かあったのは――ここでだろう」

 俺はしばらく茫然とした。

「ここで本当は何があったのか、私はそれを調べに来た」

 彼女は静かにそう言った。

 俺の予定では今日は後一時間もすればここを出て、仙太郎の引っ越し先に半日かけて行くつもりだったのだけれど、それはどうにも変更せざるを終えないらしい。

「たぶんお前たちはこのまま会っても親友には戻れない。どころか、私からすればお前たちは元から親友なんてもんじゃなかった」

 そんな、そんな知ったようなことを彼女が続けたからだ。

「場合によってはもう会わないでもらいたいものだな」

「そんなこと……なんであんたに言われなきゃいけないんだ」

 俺は拳を強く握った。

「確かに俺たちは喧嘩した。でも、あいつは俺の友達だ」

 少女は物凄く冷ややかな目で俺を見た。

「なら、証明しろ」

「は?」

「お前たちの間に何があったのか。私たちはお前と仙太郎の関係を仙太郎側から聞いて満場一致でお前と仙太郎は友達ではなかったと決定した。でも、確かにこういう場合は両者から話を聞くのは確かに筋だな。私を納得させたら仙太郎に会わせてやってもいいぞ」

「そんな勝手なこと……なんでお前に決められなきゃいけねぇーんだよ!」

「自信がないのか? 仙太郎と友達、まして親友であったというのなら訳のない話だと思うが」

 少女は挑発するようにそう言った。事実、そうなのだろう。

 しかし高校生にもなれば女子と男子の力の差は歴然だ。それに俺を見ればもやしっこではないのは分かるだろう。ならば、俺が怒って暴力を振るう可能性は目の前の少女にだって分かるはずだ。

 俺に殴られるリスク。そんなものを負いながら、それでも彼女は仙太郎のために俺を挑発に乗せようとしているらしい。

 いや、結局そんな知ったような解釈は自分を落ち着かせるための後付けだ。ただ単に暴力を振るったら、この子にキラワレルだろうな、と思っただけなのだ。

「なあ。君の話でいくと、つまり君は仙太郎のためにここまで来たのか? なんでそんなに仙太郎のために動くんだ?」

 だって、まだあいつが行ってしまってから二週間だぞ?

「仙太郎は私を助けてくれた。それに私たちはもう友達だ」

 俺はなんというか、ちょっとほっとした。そうか。あいつにはもう、友達ができたのか。

 それと同時に薄暗い気持ちが影を落とした。

  ーーそうか。たった二週間でこんなところまではるばるやって来る程の友達を作れるやつなのか、あいつは。

「分かった。君のいう通りにする。ただし君が仙太郎の先輩だと証明できたらだ。そういうもの、持ってきてる?」

「これでいいかな?」

 彼女は写真を一枚取り出した。彼女と仙太郎、それにあと二人女の子が写っている写真だ。仙太郎は嬉しそうに笑っている。確かに彼女の学生証などではないが、これ以上ない身分証明書になった。

 しかし二人の女の子の顔を雪乃野さんが隠しているのが気になった。

「そこは悪いな。特にこの写真を人に見せる許可はとってないんだ」

 そういうことなら致し方ない。長髪の子が気になるが、どちらにせよその子は後ろを向いているので顔はわからないだろう。

「とにかく、場所を変えて話し合おう。俺んちはいまちょっと」

 何せ、俺しかいないので。

「支度してくるからちょっと待っててください」

 俺は財布と携帯だけ空の鞄に入れて、予定を変更した旨を家族宛に書き置きしてから外に出た。

 近くの喫茶店に行くと知り合いに出くわすかも知れないので、俺は彼女が泊まる予定だというホテルの近くで手頃な店を見つけることにした。

 電車で八駅、もしくは徒歩で一時間弱で俺の街から我が県の都市部に出る。ネオンが光輝き、大勢の人でごった返す騒がしい街に。

「あそこはどうですか?」

「ああ。どこでもいいぞ」

 少女は喧嘩を売るような発言をしてきた割に、大して荒っぽい訳でもなかった。

 しかし緊張のせいかなんなのか片言とまでは言わないけど、ちょっと違和感のある言葉遣いだ。

 馴れない言葉遣いをしているという風である。

 喫茶店の中で改めて向かい合うと俺はおもむろに切り出した。

「じゃあ、まずはどうして俺たちが喧嘩したか、からでいいかな?」

「ああ」

 そして俺は高校一年生の頃から振り返る。

「俺たちは萱島中学を卒業して今の譲羽高校に進学した。仙太郎は頭が良いから、俺が追いかける感じだったのは否めない。そんで七芽中学卒業の少女Cさんに出会った」

 プライバシーを考慮してイニシャルを入れたが、本名は千歳真理子。長い黒髪が人目を引く、美人の少女だった。

 まさか、俺の好みがさらさら黒髪ロングとまでは言わなくてもいいだろう。

「ああ、仙太郎が言ってたな。僕は髪フェチじゃない。鍵が……鍵が髪フェチだったんだああーって。その子も長い黒髪の子だったんだろう?」

 おおい! 俺のプライバシー!

 俺は比較的クールに見えるように注意しながら、頭を押さえた。

 まさか、自分の知らないところでそんなことになっていたとは。

「ああ、世の中にはそういうところにときめく人間もいるらしいな。俺には関係ないけど。偶然、千歳さんは髪が長かったから、仙太郎は何か勘違いしたんだな」

 あ、思わず名前を出してしまった。

 俺は一つ咳払いをして、自分の心を落ち着ける。

「とにかく、その子は美人だった。めちゃくちゃ美人だった。でもそれ以外のことでは嫌われる女の子だった。簡単に言えば、しちめんどくさ可愛い性格をしていた。分かりにくいタイプのツンデレ、のような?」

 具体的な例を思い出す。

「掃除の時間に自分の当番が終わった彼女が教室の掃除を手伝ってくれたことがあった。俺は教室の当番だったから、彼女にお礼を言った。すると、罵倒が返ってくる訳だ。当番の仕事もできないなんて、おつむがおかしいんじゃないの? このノロマ! ……うん。こんな感じだ。実際にそう思っているかどうかに関わらず、彼女の日常言語に罵倒が入らないことはなかった。でも俺は彼女はただ素直になれないだけなんじゃないかと、そう思っていた」

「なんで?」

「行い自体はとても良い人だったから。ただ、誉められる事に慣れていないだけなんじゃないかと関わっていく中で思ったんだよ。彼女はいつも孤立していたから、気にしていて気付いたんだ」

 決して彼女が自分をキラッテイルようで怖かったから見ていたんじゃないんだ。

「ふーん」

「そのうち、うんまあ、俺は彼女に惚れていた」

 しちめんどくさ可愛いなと思ってしまったからな。

 しかし初対面にしてこの告白はちょっと来るものがある。

 開き直って話そうと思っても照れる。

 気まずさに、俺は注文したパフェを口に運んだ。雪乃野さんもコーヒーをすする。普通はこのペアでの注文は逆になるのだろうが、俺の甘党具合をなめないでもらいたい。

 普通に店員が置いていった後、トレードした。

「片想いは二月まで続いた。自覚してすぐ、うん。八月位にはもう仙太郎に打ち明けてたな」

 やべぇよ。

 可愛いよ。

 そう話すと仙太郎もうん、うんと聞いてくれた。

「状況が変化を見せたのは三学期に入ってからだ。俺ののろけの最後にあいつが告白してみたら、と言うようになった」

 告白してみたら? 案外うまくいくかもよ?

「それでも俺が渋ってるうちに今度はあいつの方から千歳さんの話を聞くことの方が多くなっていた。食事してても、あ、千歳さんもそれ好きなんだって、な具合に。嫌な予感がし始めた。いや、予感でもあり、実感でもあった。仙太郎が俺と居るときにも千歳さんに奪われているような、そんな実感」

 仙太郎の一番近くを奪われた敗北感。

「でも、そんな実感をあの時ちゃんと分かっていたかというと自信がない。ただ、俺と居るときに千歳さんの話ばかりするな。いつのまにかそんな気持ちの方ばかりが募っていった。そしてある日、一緒に帰ろうと仙太郎の教室に向かうと聞き覚えのある声が笑っていた」

 あの時の……驚愕。混乱。怒り。悲しみ。

「千歳さんは笑っていた。ろくに暴言も吐かず、ともすれば自分のちょっとした言葉の乱れにおろおろするくらいだった。千歳さんと話していたのは仙太郎だった。俺はもう教室に入っていくこともできずに廊下で体を丸めていた。けれど、そのうち見てはならないものを見てしまったような気がして、気付かれる前にと何とかその場から離れた。どこをどう辿ったのかは覚えていない。家の中まで逃げて、一晩考えていた」

 具体的に言えば、おいおい泣いていたのだが、まあそれは割愛しようではないか。

「結局、俺は仙太郎たちを応援することに決めた。ただ、千歳さんのことを諦めるように俺が言うと仙太郎はちょっと強く引き留めるようになった。もう少し頑張れよ、と。仙太郎はまだ俺を応援していた。俺との友情のために千歳さんを諦めるつもりなんだと俺は直感した。そしてそれではいけないと思った。千歳さんがあんな風に笑うのなら、俺が諦めた方が良い」

 当然の帰着だ。

「そのために俺は少し強引な方法に出た。千歳さんを呼び出して聞いたんだ。仙太郎が好きなんだろう?って。よっぽど俺に口出しして欲しくなかったのか、思いっきりひっぱたかれたよ。その音に驚いて廊下にいたらしいクラスの子が入ってきたぐらいだった。俺はろくなフォローも出来ずに教室を飛び出した」

 酷い吐き気に襲われて、それどころではなかった。自分が誰かにキラワレルというのは俺にとって吐き気がするほど嫌なことなのだ。

「……翌日、クラスの様子はどうだった?」

「うん? 特に変わりはなかったですよ。俺の頬には手形がくっきりと残っていたから、マスクと髪でごまかしてたけど、少し見えてたかな。でも聞きにくい雰囲気だったのか、誰もその話題に触れてこなかったし」

 少女はコーヒーを啜る。

「ただ休み時間には仙太郎に呼び出されて何があったのか問い詰められましたよ。俺ははははと笑って、千歳さんに振られたことを告げました。そしてもう恋は冷めたと落ち着いた口調で言いましたよ。仙太郎は目を見開き何か言いたそうにしていたけど、結局何も言いませんでした。でも、これで仙太郎が千歳さんを諦める理由はなくなった。そのはずでした」

 そのはずだった。

 そういう予定だった。

「ところが何が狂ったのか。親友の片想いの相手、そういうカテゴリーから千歳さんが外れたにも関わらず、仙太郎は千歳さんを思い切り振った」

「ストップ」

 感傷に浸る俺に雪乃野さんが待ったをかけた。

「思い切り振ったと言うが、その現場を見たのか?」

「いや」

「じゃあ、何でお前はそれを知ってるんだ?」

「それは……確か、話題になったからだ。クラスの誰かが偶然にでも目撃したんだろう。まさか。仙太郎は振ってないって言ってるんじゃないだろうな?」

「いや、振っている。思い切り振っている」

 がっくりと俺は肩を落とした。

 大丈夫なのかな、この子。

「いいから、続けろ」

「はいはい」

 俺はしかし今までのように気を張ることはなかった。

「といってもあらかた話終えたよ。この後は想像以上の泥沼さ。俺だって最初は怒ってなかったよ。だけど、あいつの話しは要領を得なかった。何かを隠しているようだった。千歳さんを好きな気持ち、隠してたんだろうな。それが許せなかった。けど、そしたら仙太郎が言ったんだ。僕たち、本当に友達か…………ぁ」

 あの言葉に、俺は自分を理解してくれない仙太郎の当てこすりを感じていたけど、違うのだろうか。違ったのだろうか。だから、彼女はここに来たのだろうか。

「だから、私はここに来た」

 俺の心のうちを読んだように、そう彼女は告げた。



「さて。では大分時間も遅くなって来たところで、次の事柄を最後に今日はお開きにしようか」

「あ、ああ」

「お前、仙太郎といつから親友だった?」

 それは虚をつく質問だった。

「いつから? さあ、親友ってそんないつからだってもんじゃねぇーだろ」

「じゃあ、お前は小学校六年生頃に仙太郎と親友になったと思うか?」

「いや、いくらなんでもそれは遅い。遅すぎるよ、雪乃野さん。小学校二年の時に友達になって、そのあとすぐに親友になったイメージだな」

「仙太郎とは認識が違うな」

 嫌な予感をふりきって、俺はあっさりと聞いた。

「……ちなみに、どう違うの?」

「舞上仙太郎はお前と小学校六年生の頃からの親友だと言っている」

 なあ、仙太郎。なら、その前は何だったんだ? 俺がお前と親友だと一人で思っていた時、お前は何を考えていたんだ?

「あはは。それは仙太郎が悪いな。俺はこんなにオープンにしているってのに。ははは」

「私には仙太郎の気持ち、分かるけどな」

 それ以上は明日に持ち越された。

 何度尋ねても、雪乃野さんはその言葉の意味を全く教えてくれなかった。

 店を出ると、彼女は帽子を被った。

 着ている物もボーイッシュでそうやってしていると男か女か分からない。

「この街は夜でもにぎやかなんだな」

「まあな」

 もう七時になるのにまだ、店も開いていて、人々は話しながら西へ東へ、または一人一直線に歩いて行く。

 どこからかストリートミュージシャンの音楽も聞こえてきた。

「雪乃野さんたちの街はこういう風じゃないの?」

「違うな。かなりの田舎だと思ってくれて良い。辺り一面見渡す限りの田園風景の場所もあるし、少し歩けば森に出る」

「へえ。雪乃野さんは街の外へはこうやって何度も出掛けてるの?」

「……二回」

「え?」

「今回で二回目だ。一度目は中学の卒業旅行だった」

「そうか。二度目か」

 俺は改めて少女の強さを見た。自分の街を一度しか出たことのない少女が一人でこんなところまで来るなんて、よほどの強さがいる。

 俺だって仙太郎がいる街だと思わなきゃ、遠くの街に一人で行こうなんて思わなかった。

 頼れる者のいないこの街はどれ程の不安を彼女に与えているのだろう。

「でも、もう二年もしたら、私はこの近くに移り住むんだ。もしかしたら、お前の街かもな」

「え? なんで?」

「知らないのか? お前の街と私達の町は仲がいい。地元を離れて就職をする際、お前たちの街は私達の面倒をよくみてくれるんだ。仙太郎の両親もそうやってお前たちの街に行った人間なんだよ」

「知らなかった」

「仙太郎も知っていた話しだろうがな。そういえばお前、金曜の夜、そうちょうど今夜のような日の七時くらいに仙太郎と一緒にいたことはあるか?」

 答えはNOだった。

「そうか」

 雪乃野雫は悲しそうだった。


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