僕に起こった奇妙な事件
段ボール箱の山を見つめながら、ふと僕はため息を吐いた。
引っ越しが決まってから一週間。急ピッチで用意をしていたが、それでも積んでみるとそんなに荷物は多くない。むしろ、もっと大きなものは今日離れるこの家や学校や、町のいたるところ、そして親友だった少年の元に散らばっているのだろう。それらはここに置いていくしかない。特に親友のことはもうどうにもならないだろう。
一気に気が抜けて僕は床に寝転がった。
小学校六年の終わりごろからの親友、村瀬鍵と喧嘩したのは、僕らの年頃ではよくある、いわゆる女の問題だった。高校で一緒になった千歳真理子という美人に鍵は恋に落ちた。髪の長いところが好きらしい。幼稚園の時の鍵の初恋の相手も髪が長かったというのだから、もうそこが彼のめろっときてしまうポイントなんだろう。
その千歳真理子は高校一年の三学期の初めに、村瀬君が好きなんです、と僕に相談を持ちかけてきた。鍵の気持ちは知っていたから、僕は大丈夫だといい切ったが、それでも彼女は不安げな様子だった。それでも鍵の気持ちを勝手に言ってしまうことも憚られて、僕は彼女にアドバイスするという形で幾度となく話した。端的に言えば彼女はそれを狙っていたのだった。
ある日、鍵は告白に踏み切った。
僕の後押しがあったからだ。そして、振られて帰ってきた。悲痛な顔で彼女が好きなのは僕だと言った鍵の話に驚いて、千歳真理子を訪ねた。何か誤解があったに違いないと僕は信じていた。
その千歳真理子は最初落ち込んだ様子だったが、突然僕の唇に自分の唇を押し当てようとしてきた。
これでも潔癖症の気があり、本命以外とは論外な僕は肌にぶつぶつを作りながら、自分でも驚くくらい強く彼女を突き飛ばした。ところが、その後の彼女な話はもっと強く押してやるべきだったと思うものだった。
誰でも落とせると豪語したらしい彼女はほかの女子に責め立てられる形で、女に興味のなさそうな僕をずっと口説いていた、らしい。
僕が鈍感すぎたのか、彼女のやり方が下手だったのか、僕は彼女を好きにならなかった。それで、彼女は賭けに負けてしまった。後日、僕がこっぴどく千歳真理子を振った件は彼女の賭けの相手から伝播して、僕と鍵の仲は最悪になってしまった。
それでも鍵が傷つくのは嫌で千歳真理子のことは黙っていたのだが、その間に鍵はなにを誤解したのか、僕が彼女を好きだが鍵の手前身を引いたとすっかり思い込んでいて、口論になった。
その時は時間をかければ仲直りできると信じていたが高校二年四月の半ば、こうも急に転校することになるとは思わなかった。
寝転がったまま段ボールを見上げると、僕はそこに詰まっているものが価値のないガラクタに思えてくるのを感じた。
なにかと思い出が詰まった品を捨てずに持っていこうとしていたが、それがなんとなく億劫になった。
「母さん」
段ボール箱を二つ積み重ねて一階に降りた僕はそれをリビングの隅において、母親に声をかけた。
「これも要らないから捨てて」
「わかったわ」
キッチンから顔だけ覗かせて、母さんは頷いた。
やがて、新しい家についた時、僕の持ち物はおよそ服と学用品くらいのものだった。その服らも近いうちに全部捨ててしまうことを決めた。
けれど、この胸の重苦しさは晴れなかった。
新しい町は田んぼと畑と家がイーブン、よりもちょっと田んぼの多い町だった。来る途中に見かけたさびれた感じの二階建ての建物がこの町で言う大型のスーパーで、そしてほかにはスーパーはないのだという。
本当に、何もかもがやたらめったら、めちゃくちゃに違う。
前に住んでいた町を都会と言いたいわけじゃない。高層ビルが並び立ち、夜はネオンが光り輝き、田んぼも畑も見渡す限りの地面いっぱいどこにもなかった、とかそんなわけじゃない。そんな町じゃなかった。だから僕は都会に行くたびストリートミュージシャンの歌を嘲笑しながら聞いていた。こんな星の見えないところでスターになんかなれるわけないよ、と僻んだ根性で。・・・まあ、実際には僕は音楽が好きで好きでストリートでもなんでも流れてくると、思わず立ち止まってしまうだけだったけれど。だから鍵がギターを弾くといいだしたとき、僕がどれほど喜んでいたか。ああ、彼は知るまい。
新しい学校についてはパンフレットで少しだけ知っていた。
その表紙には冷涼学園高校と書いてあり、その下には二棟の校舎が写った写真が載っている。その中のページは校舎の案内だった。 教室の写真のほか、体育館や運動場の写真に交じって図書館の写真もあった。一つの独立した建物らしく、解説には四階建てで、蔵書数は高校の図書館としては破格の冊数だ。
転校先の学校に特になにかを期待してはいなかったが、この解説を見たときから、図書館に行くのを楽しみにしていた。
だから転校初日となる日、朝早くに高校に呼ばれていたけれど、少し空き時間があったので気の向くままに図書館に向かった。
しかし転校初日にして厄日らしい。
図書館に入って十分もたたないうちに事件は起こった。というか、起きているのを目撃してしまった。
まだ早い時間というだけあって人の気配はなかった図書館の三階は、まるで突風が吹き荒れたかの様な惨状だった。
中央の階段を上がり、右と左に分かれたところを右に向いた途端、その光景は飛び込んできた。
本、本、本、本、本、本、本・・・本。
図書館に本があるのは当たり前だ。なら、なぜこのように書くのかと言えばその状態にあった。
本がばらまかれるように散らばって学習用机のいたるところに散らばっている。それを腹に収めていたと思しき空の本棚は一つ横倒しにされていたのだった。
僕はこの状況に頭が追い付かないまま、そのうち一冊を手に取った。
そのとき、誰かが上がってくる音が聞こえた。
その足音が僕の後ろまで来て止まったので振り返ると、一人の少女が僕と同じようにこの状況にぽかんと立っていた。少女は僕と図書館の惨状を交互に見て、僕をにらみつけた。僕がやったと思い込んだようだ。同い年か下の学年の生徒かと思ったけれど、スリッパの色は最高学年を表す緑色だ。
彼女は僕を指さして言った。
「君の犯行はもう分かっているのだよ、ワトソン君」
「いーや、分かってない。あなたはホームズの相棒のことを全然分かってない」
「ホームズってすごいよね! 犬なのに!」
「・・・あ、僕の知ってる話と違う可能性が出てきました」
「って、ペットの話はもういいの!」
「ペットぉおおお! そんな話だったんですか!」
どうりで犬が出てくるわけだ。
「あのね、ちなみにワトソン君は、いたずら好きの近所の猫さんなんだよ」
「僕、猫といっしょくたにされてんですか!」
「だって・・・これひどいよ。被害者が何の抵抗もできないのを分かってて、犯人は乱暴を働いた末、こんな風にばらばらに・・・ぐすっ」
泣かれた。
「ちょ・・・。ええ! 泣きたいのは僕のほうですよ」
先輩の言い方、なんか猟奇殺人事件を想像させるし。
「先輩、ほら被害者をよく見て。確かにバラバラにはなってます。でもそれは本棚から出されてバラバラに置かれているという状態であって、本自体は破かれてませんよ」
むしろ、こうやって冷静に見ると気味の悪いくらい丁寧に置かれているのがわかる。乱雑さを見せたいのなら床に開いて捨てて置いた方が効果的なのは僕にも分かるが、本はすべて閉じたまま、並んだ机の上に散乱しているのである、これが気味悪くなくてなんだろう。
「案外、片付けのために本を棚から出しておいてあるだけかも」
「それは変よ。なら、本棚を倒す必要も、出した本をこうやってあちらこちらに置く必要もないわ」
それから、丸い目でこちらを見上げる。
「ねえ、どうしてこんなことしたの?」
もともと女って嫌いだし、千歳真理子の所為でもっとダメになったし、そろそろ怒ってもいいかな?
「いい加減にしてください! 僕、犯人じゃないって言ってるでしょう」
「犯人はみんなそういうわ!」
勝ち誇るな、そこで。
「じゃ、証拠を出してください。証拠を!」
「証拠? だから、今ここにあなたがいることが何よりの証拠でしょう?」
「そういうのは状況証拠です。僕が来る前に誰かがこうやって散らかして去っていった可能性はどうするんですか?」
っていうか、本当にそうだしさ。
「うぅ。私、警察じゃないから、指紋とか取れないわ」
「なら、僕が犯人とは決めつけられませんよね?」
「・・・その発言が犯人っぽいわ」
先輩はぼそりとつぶやいたが聞こえないふりだ。
「というわけで僕はもう行きます」
「待って! あなた部活には入ってるの?」
「いえ」
何分転校初日の身の上です。
「じゃあ、私の部に入って! そして一緒にこの事件の犯人を捕まえましょう!」
「は?」
「犯人じゃないなら、全然問題のない話よね?」
いや、ある。
関係ないから犯人捜しとか、どうでもいい。
「私、時燈真由。三年生よ」
やっぱり先輩でしたか。
「ね、いいでしょう」
僕は返事をすることなく、脱兎のごとくその場を離れた。
みなさん、はじめましての方、前作よりお付き合いいただいてる方、こんにちは雨羽です。
今回は学園ミステリーを書きました。
図書館で、謎の本散乱事件。事件的にはインパクトに欠ける面もあるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。
事件の真相はすっきりさせております。
また、ここはどうなんですか?
そいうお話にも喜んで日記等でお答えいたしますのどうぞ楽しんで読んでください。
2014年3月二日のニチマーケットという、愛知県の日本マンガ芸術学院で行われるイベントに参加予定です。そちらもぜひチェックいただけたらと思います。