プロローグ
-僕たちは生きている。ただ平凡な日常を、大きな悲しみと小さな幸せを背負って…。夢やファンタジーは胸の奥にしまって、ただただ生きている。でもその平凡な日常そのものがファンタジーだったとしたら…。そんな、どこか遠くない未来、ある国でのお話です-
景色がどっぷりと闇に覆われ、ただ街灯とビルとビルとの隙間からぬっと顔を出している三日月だけが足元を照らしている。
木枯らしに吹かれ、木から枯葉が一枚舞い上がる。
気温は12度、肌寒く温かい飲み物が欲しくなるような季節になった。
体全身に北風を浴びる一人の男が人気のない路地裏を歩いている。
北風で少々長めの彼の濡れ羽色の髪がなびく。
しかし、その風も、街灯の光も月明かりも、そして周りに映る景色もその男に対してどこかよそよそしい。
まるで、自分の知らない得体のしれないものを見ているかのように接している。
彼はなびく髪に指を通し、うつむき加減でスタスタと歩いていると不意に頭の上から罵声が飛んできた。
むっつりと顔を上げると6,7人の金髪の男が立っていた。
「あー足がいたいなー。こりゃ骨折だわ。」
どうやら、この男たちの内の誰かの足を踏んでしまったらしい。
「マジかよ。おい、おっさんどうするんだ?とりあえずベンショーだな」
「おい、とりあえず、その場でジャンプしろよ。」
よくある『タカリ』だ。
相手にする気もなくなり、先へ進もうとする。
「おいおい、逃げんのか?」
「いい年したおっさんが逃げるとか恥ずかしいなぁ。」
「おいおいこいつの顔ネットにでもアップしようぜ」
男たちはギャハハと顔をクシャクシャにして笑った。
『頭がスッカラカンです』とラッパかなにかで吹いているようなものだ。
このまま相手にしているのもめんどくさいがあまり騒ぎにもしたくない。
男がうつむき、薄っすらと伸びた髭を触りながら考えていた。
「警察だ。手を上げろ!!」
「誰もそこから一歩も動くな。動いたら撃つぞ。」
どうやら警察が来てくれたらしい。
この国の警官が優秀ですこぶる助かる。
おかげでいらぬ手間が省けた。
男は先ほどのグループと共に警察車両に連れて行かれた。
「いろいろ大変でしたね。とりあえず、名前と連絡先、あとこの機械の上に手を乗せてくれる?」
先ほどの警官が交番に男と先ほどのグループを入れ、それぞれを別の部屋へ連れていった。
警官は朗らかな笑顔で男に尋ねた。
机の上には機械と先ほど警官がつけていたマイク付のヘッドセットが置かれていた。
「名前は湯田真司。連絡先はありません。」
そういうと、手元に置いてある湯呑から温かい番茶をおいしそうに飲みながら、手のひらを機械の上に乗せた。
「そうですか、いろいろ大変でしたね。あの連中はああやっていつも悪さしかしないんですよ。まあ大した犯罪は侵さないだけ我々の身としてはまだありがたいんですがね。」
「…」
「すこしそこでゆっくりしていてください。もう少しで手続きがすべて終わりますから。」
そういうと警官はモニターの方に体を向け、マイク付のヘッドセットを耳に再びつけると猛烈な勢いでキーボードを打ち始めた。
真司は何もすることがなく、番茶をすすりながら部屋の中を見回した。
部屋中にモニターが置かれ、大型の銃が壁にもたれかかり、床にはいくつか刀隠しのようなものがある。
壁にはなにかの標語やら、指名手配犯のポスターが貼られている。
部屋を一通り見て、再び番茶を口に含むと先ほどの警官がこちらを向いた。
「お疲れ様でした。特に問題なさそうなので、このまま帰ってもらっても結構ですよ。」
「どうもありがとうございました。」
真司はそういうと交番を後にした。
警官は真司の腕に何か光るものが一瞬見えたような気がしたが、気のせいだろうと思い、仮眠室へと向かった。
真司がしばらく歩いていると、外が少し明るくなってきた。
どうやらあと少しで夜明けらしい。
夜明けはいつみてもいいものだ。
いやな気分の時はいやな気持をきれいに洗い流してくれるし、うれしい気分の時ははまるで祝福してくれるかのように微笑んでくれる。
こんなにきれいな夜明けを見るのも久しぶりな気がした。
先ほど交番でいただいた番茶のおかげで体がホカホカしている。
今日はこの辺にテントを張ろう。
ちょうど体もこたえてきたし…。
そう決めると早速背負っていた荷物をおろし、手慣れた手つきでテントを張った。
1週間気に入った場所が見つからず、寝ずにここまで歩いてきたかいがあった。
真司はそう思うと、テントの中にもぐり、久々の安眠に身も心もゆだねた。