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2:演芸劇場

 演芸劇場サーカスは最終日とあってたくさんの人でごった返していた。

 明るい色調の旗が至る所に吊り下げられ、【パッチェス・ロナードの演芸劇場】と飾り文字ででかでかと書かれている。


 大きな宣伝用の立て看板には熊や道化師、空中ブランコなどの演技劇場の演目が賑やかにキャンディの降る絵と共に描かれ、文字の読めない人達は期待に胸を膨らませてそれらを眺めていた。


 仮装楽隊とまではいかずとも呼び込み用の手風琴アコーディオン奏者の演奏と共に、バターのかかった爆ぜとうもろこしやカラフルなチョコレートとキャンディが入った籠、香ばしい炙り肉の串焼きや飲み物の入った箱を首から下げたスタッフ達が歩き回る。彼らの衣装もまた派手派手しい作りであったため、演芸劇場の大天幕に入れなかった人々がつかの間の楽しみを求め近寄っていく。


 明るくて、無駄に賑やかで、色とりどりの喧騒。


「う、わああ……」


 きらきらと目を輝かせ、双子の少年ベネとゴルゾは忙しく辺りを見渡した。


「見ろゴルゾ、あれ道化師じゃねェか?」


 ベネの指す先には、顔を白く塗りたくり、目周りと頬には花模様、鼻に赤く丸い球状のものを付けた道化師が立っていた。身体に詰め物をしているのだろう、縦にも横にも膨らんでいる彼は、頭が鮮やかな赤と黄色のモールでできている。


 ベネ達の視線に気付き、道化師が手招きをした。顔を見合わせた後、どぎまぎしながら近づいて行った双子に、道化師は手にしていたカラフルなスティックを渡した。スティックの先には棒付飴が一本付いていて、【パッチェス・ロナードの演芸劇場】と書かれた紙製の三角旗が付いていた。


「あ、ありがとう……」


 お礼の言葉に道化師はにっこりすると、手にしていたスティックをくるくると器用に空中回転させ受け止めていく。おおー、という声と共にすぐに人だかりができ始めた。


「おい、あんま遠くまで行くんじゃねーぞ!」


 受付に並んでいたアスクが戻ってきたベネ達に声を掛けた。


「姉ちゃんは?」

「あー……便所だ、便所」


 上司が劇場を嗅ぎ回っている最中だとは言えず、アスクは言葉を濁した。

 受付でチケットを渡し、三人は中に入った。レイアの分は彼女が持っているため大丈夫だと教えられ、双子とアスクは中ほどの席を取った。


「姉ちゃん、おいら達がここだって分かるかなあ」

「大丈夫だろ、あの人目ぇいいし。はぐれてもまあ、大人だからよ」


 そわそわと落ち着きのない少年達の様子にアスクの口元が緩む。

 彼らは労働教院出てからもマイティ・ルーサに恩返しするため、せっせと手伝いをする日々だった。

 そのため、こういった贅沢な娯楽事は初めてなのだろう。


「腹減ったから何か食いもん買ってこい」


 アスクは財布からトラーベ硬貨を数枚出して少年達に渡した。


「分かったァ!」

「にいちゃん、何がいいンだ?」

「あー、肉だ肉。ついでに麦酒な。んで、釣りでお前らの好きなもん買ってこい」

「えっ」

「いいのかァ?」

「おう、めいいっぱい使ってこい。使い賃だ」


 双子達は見つめ合い、パッと顔を輝かせた。


「い、行ってくるっ!」


 生まれて初めての買い食いに興奮を隠すなんて、できるわけがない。

 ベネとゴルゾは大はしゃぎで売り子達の方に駆けていった。





 ヤナは衣装室で化粧の仕上げをしてもらっていた。

 目を閉じた彼女の顔に白粉がはたかれ、目頭から尻にかけて鮮やかな青と黄のラインがくっきりと引かれている。目元を強調させるため唇に塗るのは淡い色合いの紅だ。


「――うん、いい出来」


 衣装係のアリムは筆を置くと、数歩下がってヤナを見た。

 椅子に座っているヤナの腰から、白く透き通った布地が幾枚にも重なりふわふわと花のように広がっている。腰には太い黒ビロードのリボンを巻き、喉回りにはきらきらと光る銀色のしゅす織スカーフが巻かれていた。髪には白い造花でできた冠、手には指に通して装飾する、幾重にもたなびく黄と青の薄布。


「はい、ターン」


 ぱん、と手を叩いたアリムの声に立ち上がり、ヤナはくるりと回ってみせた。ふわふわと揺れる手先の布が儚く優しい風を作り、世離れした雰囲気を醸し出す。


「ふふっ、なぁーんてキュートな小鳥ちゃんでしょ。羽根をむしって丸裸にしてパイに詰めて食べちゃいたいわぁ」


 アリムの変てこな形容はいつもの事なので反応はせず、ヤナは命綱のバンドと留め具を手にした。


「アリムー、手は空いたか? 房を引っかけてバラしてしまった」


 ノエがバタバタと入ってきてアリムに何かを見せているようだ。重量挙げの彼は衣装面積が少ないため、一つでも飾りが欠けたら目立ってしまうらしい。


「あらぁー。ま、このくらいなら大丈夫でしょ」

「悪い、時間が無いんだ」

「じゃ、今度ベルルのクリームケーキ奢ってねん」

「はいはい……」


 そんなやり取りを耳にしながら、ヤナは衣装室を後にした。


「あ、ヤナー! バンド自分で付けられるー?」


 まち針を打ちつつアリムが顔を上げた時には、既に少女の姿は無かった。





 演芸劇場が始まった。

 賑やかな楽隊の演奏と共に派手色衣装を着た芸人達が登場し、装飾帽を投げつつ去っていく。動物達が調教師と共に現れた瞬間、子供達からワアッと歓声があがった。


 床に落ちた帽子はその都度道化師達が拾おうとするのだが、手が滑ったりすっ転んだりとなにかとひょうきんな仕草で失敗しては、観客の笑いを取っていた。

 双子だけでなく保護者のアスクも腹を抱えて笑っている。中でも大柄で太っちょの道化師は大ウケだった。

 大きなせいであっちでもこっちでもぶつかりそうになっては誰かに突き飛ばされ、くるくると回って酔っ払いのような動きになっている。それでも、ごちゃごちゃした場内で本当にぶつかって邪魔をしないのは、流石プロだといえよう。


「あの道化師、おいら達にコレくれたヤツだァ!」


 ベネがパタパタと旗を振って大喜びしている。二人とも天辺の飴には手を付けていない。すぐに食べるには惜しい気持ちはアスクにもよく分かった。


 挨拶代わりのパレードが一通り終わると、さっそく演目が始まった。可愛らしい小型犬達がぴょこぴょこと飛び跳ねながら再登場する。輪っかをくぐり交互にジャンプして花を咥え、場内を一周する。調教師が見せた林檎の数を「わん!」「わん!」とその数だけ答えたり、しまいには綱渡りまで披露した。


 お次は軟体少年少女達だ。柔らかな身体を駆使して信じられないような体勢になり、次々に高く積み上がっていったかと思うと回転しながら落ちていき、しまいには壺に入り込んでしまった。

 

 ワー、キャー、といった悲鳴や歓声が次々に起こる。観客席は盛り上がり、手にした飲み物や食べ物を口に運ぶのすら忘れている。


 その後も熊と熊使いの芸(「中に人が入ってるンか?」とゴルゾが尋ねたほど、人間臭い仕草だった)や、トランポリン上での小道具を使った曲芸、短剣投げといった様々な催し物が続いた。

 刺激のある演目の合間には、こまめに道化師達が現れて面白おかしい芸をしては大きな笑いを取っていた。



 やがて、休憩時間が訪れた。



「ねえちゃん、結局来なかったなァ……」

「俺達がどこにいるかわかンなかったンかなあ?」


 爆ぜとうもろこしを頬張りながら、ベネとゴルゾは会場を見回していた。隙間時間にも団員達が道化師の人形やサーカスの小さな絵画といった土産物を売り歩き、商売根性を見せている。


 中央舞台には大きな縄が張られていた。両端には縄梯子と細い輪っか上の長縄が吊り下げられる。


「ありゃなんだァ?」

「綱渡りと空中ブランコだろ」


 アスクの言葉に、「空中ブランコって、あの、ぶーらぶら揺れるブランコのことか?」とベネは尋ねた。


「ああ。あの高さでぶーらぶら揺れるんだ」

「そ、そんな事したら落ちちまう!」

「大丈夫だって、あいつらプロだぜ? 落ちねえよう、毎日練習してる。

 それにな、万が一落ちても命綱があるからな」



 ラッパの音と共に場内が薄暗くなる。



「――これからお話しますのは、盲目のカナリアの物語でございます」


 髭の立派な紳士が長いシルクハットと燕尾服姿で会場に立ち、語り出す。


「このカナリアは光を知りませぬ。逃げる事も知りませぬ。

 ただ広い鳥籠の中で数羽の鳥達と過ごしておりました。

 名前をヤナと申します」


 奥から楚々として出てきた少女の姿を見て、双子達は「あっ」と小さな声をあげた。

 間違いない、夜毎美しい舞を一人水辺で踊り続けていたあの少女だ。

 前半だけでなく挨拶時すら出てこなかったため、本当に出演しているのか心配になってきたところだった。


 少女は真っ白な衣装を着ていた。他の出演者達が大げさなほど奇抜な衣装を身に着けている事に対してあまりにも無垢で、却って目を引いてしまう。彼女の髪と同じ銀色のスカーフが清廉さに一滴の華を添えていた。


 ふわふわと横に広がる短いスカートの裾を摘み、ヤナと呼ばれた少女は顔を上げ、瞼を開く。

 青と黄で縁取られた彼女の瞳は、きらきらとガラスの輝きを放っていた。


「ヤナぁ、ヤナ。こっらに来てごらぁん」


 からかうような調子で上から声が降ってくる。いつの間にか、ぴんと張られた大縄の隅、縄梯子の上に数人の鳥を模した団員達が昇っていた。


「そーれ、楽しいねえ」

「ほら、こっちこっちー」


 空中ブランコに乗り、鳥達は次々に飛んでいく。

 ヤナは首を上げてそちらの方を気にするばかり。

 鳥達は自由自在に繋がり、離れ、飛んでいく。

 それに合わせて鳥の鳴き声のような音楽が楽しげに演奏され、だんだんと観ている側も同じ鳥籠に入っているかのような錯覚に陥っていった。


「あらあ? ヤナったら、あなた鳥なのに飛べないのかしらぁ?」

「この子、見えないから飛べないんだよ」

「飛べない鳥はいらない子だ」

「いらない子」

「いらない子」


「やめろ……」


 悔しそうな声でゴルゾが呟く。双子達はすっかり演目の世界に入り込んでいた。あんなにも大切に持っていたスティックも折れ曲がりそうに力を入れて握り締めている。


「ほーらヤナ、ここまで来てごらん」

「おいでヤナ、飛ぶのはとっても気持ちがいいよ」

「僕達が手伝ってあげるから」


 何とかしてヤナをその気にさせようと、鳥達は今度は優しく話しかける。


「そうだ、高いところから歌うのは、とっても気持ちがいいんだよ」


 その言葉に、ヤナがびくん、と反応した。


「そうそう、とっても気分がいい」

「お日様に近いから、きっと羽根が温まるんだ」

「一度試しに飛んでごらんよ」


 おずおずと、ヤナが歩き出す。

 縄梯子に足をかけ、一歩一歩と登っていく。


 ごくり。

 アスクの耳に双子達が喉を鳴らす音が聞こえた。逆に言えば、今この会場の観衆はそれだけ静かに見入っているのだ。

 ヤナが立つ。張られた縄の端で。そこにブランコの縄が渡された。


「さあ、飛んで!」


 向かいからの呼び声に、ヤナは頷き飛び出した。

 


 ――途端に、握った縄がぶつりと切れ、ヤナは地上に落下した。



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