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4:変装


「っかー、疲れたあっ!」


 宿の自室に入るなり、アスクは首元のタイを緩めながらベッドに飛び込んだ。寝転がったままカフスボタンと銀縁の伊達眼鏡を外して枕元に放り投げると、わしわしと撫で付けていた髪をほぐす。


「……オレ、今回大丈夫かなぁ」


 気弱に呟くのは仕事の内容に対してではない。



 中央からの補助として役所に入るのは、正式発行された証書のおかげですんなりとできた。仕事も、本気になれば書類作成やチェック作業もこなせる。――これは、修行時代にみっちりと鍛えられたおかげなのだが。

 だが、問題は。


「くっそぉ、失敗したぜ……」


 歯軋りしつつ後悔するのは、今の自分の格好だ。



 基本、アスクは人付き合いが得意な方だ。軽い調子で話しかけ、あっという間に仲良くなれる。

 だがそれは明るく図々しい下町っ子特有の押しの強さによるやり方だ。


 今回の自分は『王都ルルドラより派遣された補助役人』で通さなければならない。国が正式に寄越した人間という事であれば、態度もそれなりにきちんとしておく必要がある。

 故に、アスクは普段潜入する際のサウスの格好や口調を見よう見真似でやってみた。

 やってみたのだが。


 ――あまりにも、かっちりとまとめ過ぎてしまった。


 サウスは元々貴族の出であるからきちんとした服装や態度が平気なわけであり、市民層でも最も低位置にある労働教院出自の自分などがやるものではない。相方ができるなら自分もと思い込んでいたのもあるし、他にどんな格好をしていけば役人らしいのかを分かっていなかったというのも今回のかっちりアスクが誕生した理由の一つだ。


 香油で髪を後ろに撫でつけ、銀縁眼鏡と揃いのカフスにぴったりとした渋茶色のベスト、襟元には幅広タイ。物腰と口調はいかにも中央出らしく、できるだけ生真面目で無表情寄りに。


 ――開始早々、大後悔である。


 あまりの息苦しさに、仕事中、何度「のわーっ!」と大声を上げながらタイを毟り取りたい衝動に駆られた事か。


「…………サウスめぇ……恨んでやる……」


 げっそりした顔で相方に理不尽な悪態をつきつつ、疲労困憊なアスクはいつの間にかゆっくりと瞼を閉じていった。




 気が付けば、既にとっぷりと日が暮れた後だった。


「やべっ!」


 慌てて飛び起きると、アスクは隣室扉の前に行きノックをした。直帰後は、すぐに上司であるレイアに報告をするのが義務である。

 コン、ココン

 合図をしても、中から返事は聞こえず気配もしなかった。どうやら上司はまだ戻ってきていないらしい。


 想定外の出来事により予定時刻を大幅に過ぎる事は、これまで幾度もあった。

 レイアは隊長の一番部下であり武術にも長けている。彼女の身の危険はよほどの事でない限り心配せずとも良いだろう。(とアスクは常々思っているのだが、サウスはレイアの帰りが遅い時はいつもそわそわと気を揉んでいる)


 グゥ、とアスクの腹の虫が鳴いた。


「――先に飯食っちまうか」


 上司より先に部下が食事を採る事など、サウスがいれば絶対に許してくれないだろう。

 だが元々、


「俺達が戻らずとも先に食っておけ。いつ動く時が来るか分からんからな。

 食える時に食うのも大事な仕事だ」


 と自分達に教えたのは隊長なのだ。だから遠慮する事はないとアスクは思っている。



「さーって、何食うかなぁ」


 ぼさぼさ頭に襟元の開いた粗末なシャツとくたびれた靴。いつもの姿に戻り硬貨を数枚掴むと、アスクは宿を出た。


 口笛を吹き、気分良く夜の街中を歩く。

 持ち帰りで揚げ肉を買って帰ってもいいし、飯処で麦酒と共にベーコンとチーズを載せた熱々の薄焼きパンを齧るのも捨てがたい。


 チーズを思い浮かべた際、一人の少女の顔も浮かんだが、アスクは軽く頭を横に振ってかき消した。仕事中である今は、あまり思い出さないようにしている。


 今の自分がやるべきは、ダ・ラ・ヤーンで最も高位を目指し任務をこなしていく事だ。それが彼女を救ってやれる、唯一の手段。上を目指すのなら、この先ミスは許されない。


「そういえば……」


 チーズといえば、昨夜『がやがや亭』にて食わせてもらったそれは、なかなか旨いつまみになった。

 ちょっとしたものまで気を使える店は何を食っても外れが無い。あの双子達が胸を張って自慢しただけの事はある。

 疲れている時に不味い店に当たってがっかりしたくない思いもあったため、アスクの足は自然と『がやがや亭』に向かっていた。




 夜の『がやがや亭』も大賑わいだった。というよりも、アスクが想像していた以上に騒がしい状態であった。

 入り口には大勢の客がずらりと並び、列を成している。店の中もぎゅうぎゅうとすし詰め状態だ。


「なんか……すげぇのな……」


 圧倒されつつも、アスクはそのままきびすを返して戻ろうとした。いくら旨いからといって長蛇の列に加わる気はさらさらない。


 が、戻る直前、彼の目の端に見慣れた姿が映り込んだ。


「――えっ?」


 振り返ったアスクが目にしたのは、鼻の下を伸ばす男達ににこやかに注文を取る、ひらひらした給仕服を着た絶世の美女。


 ヤーン直隊副長、レイアスト・ウィンスラーその人の姿であった。


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