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3:交渉



 『がやがや亭』は朝早くにも関わらず、その名の通り大賑わいだった。

 旅人や労働者達が調理場前のカウンターにずらりと皿を持って列を成し、そこにマイティ・ルーサが薄切り肉と炒り卵を落とし、リリアンがパンと小さな林檎を渡す。とろみ粉を混ぜた野菜のスープを付けたい者は追加金をべネに渡し、ゴルゾがカップにスープを注ぐのだ。


「あんた達、そろそろあがんな! 遅刻するよ!」


 マイティ・ルーサの声に双子は壁時計を見た。


「それじゃァ行ってくる!」


 ベネとゴルゾは脇に掛けていた布鞄を取ると、たすき掛けにしつつ飛び出した。


「転ぶんじゃねぇぞぉ」

「しっかり勉強してこい!」


 常連客の賑やかな声を背に駆け出した二人だったが、角を曲がってすぐのところでベネは人にぶつかりそうになり転んでしまった。


「ご、ごめんな――」

「あっ、昨日の姉ちゃん」


 ゴルゾの声に、


「やあ。朝からお出かけかい?」


 ベネを起こすのを手伝いながら、相手の女性はにこやかに笑った。


 昨夜馬に乗せてもらった旅人二人のうち、レイアと名乗っていた女性である。馬に乗っていた事といい、ぶつかる直前に身体を捻ってかわした動きといい、かなり身軽な女性のようだ。

 化粧をせず、髪を後ろで一つに縛ったうえ枯葉色の地味な服装なのにも関わらず、滲み出るその艶やかさ。陽光を受けて立つ彼女の姿は、多くの旅人を見てきた双子でさえ初めて目にする『本物の美女』であった。


「おいら達、学舎に行くンだ!」


 得意気なゴルゾの声に、「ほう」と感心したふうにレイアは頷いた。


「それは感心な事だ。しっかりと学んでおいで」

「姉ちゃんはどこへ行くンだぁ?」

「いや、実は君達に会いに行こうとしていたところなんだ」

「おいら達に?」

「ああ。ちょっとばかり依頼したい仕事があったのだが……。

 まあ、学舎ならば仕方がないさ。学業は最優先すべき事柄だからね、遅刻をせずに気を付けて行きなさ――」


 レイアが全てを言い終わるよりも早く、双子達は矢継ぎ早に質問を始めた。


「依頼って何だ?」

「金がもらえるンか?」

「何すればいいんだ? 人探しか?」

「金、いくらもらえるンか?」

「おら、猫なら見付けるの得意だぞ!」

「おいらは走るのが速い!」

「分かった、分かったからちょっと落ち着きなさい」


 迫る双子達を手で制し、ふう、と美女は溜息をついた。

 

「……仕方無い、学舎まで共に歩きながら話そうじゃないか」


 そうして学舎に向かう道すがら、彼女が話して聞かせた『依頼』はさほど難しい内容では無かった。しかも、件数をこなせばこなすほどに報酬金額が上がっていくのだという。


「おいらやる!」

「おらも!」

「それは有り難い。だが、動くのは空いた時間でお願いしよう。絶対に学舎を休んだりしてはならないのが条件だ」


 レイアに釘を刺され、双子達はがっかりした顔になった。


 彼らは早急に金を必要としていた。だが自由に使える金などほとんど持っていなかったため、欲しいものに手が届かなかったのだ。

 せっかくうまい話が転がってきたというのに、隙間時間しか使うなと言われてしまえば、実行は不可能に近かった。二人とも帰宅後はほとんど店の手伝いをして過ごす為、自由な時間など皆無に等しい。学舎をサボるくらいしかまとまった時間を取る方法など無いというのに。


「――金が必要な理由でもあるのかい?」


 がっかりした顔でうなだれる二人を見てレイアが尋ねた。


「……欲しいもンがある」

「けど、ルーサにねだりたくねェから……」


 ああ、とレイアは納得した。

 

 この子達なりの、義母への気遣いなのだ。


 アスクと同じように、彼らは労働教院出身だと聞いた。ならば幼い頃から厳しく過酷な日々を送ってきた筈だ。

 そこへマイティ・ルーサが現れ、引き取ってくれた。

 しかも、特別金持ちというわけでもないのに学舎にまで通わせてくれている。


 ダーナンでは一般市民は読み書きできないのが普通だ。子供達は幼い頃から家業の手伝いをするのが当たり前であり、各地方に一つしかない学舎に通いたくとも納める金額は相当なものである。

 故に、読み書きができずとも普通に暮らしていける一般市民は、子を学舎になど通わせない。通うのは、せいぜい金持商人や警邏の子供、それから下級・中級貴族あたりであった。上級貴族の子供達は皆、ダーナン中央にあるルルドラ王宮内の学舎に憧れる。抽選入学制の為、あぶれてしまった子供は家庭教師を呼び学ぶ事がほとんどだ。


 その学舎に、マイティ・ルーサは双子のどちらとも通学させているのだ。

 


「……よし、ならば私が何とか融通をきかせてあげようじゃないか」


 レイアの台詞に、双子達は目をぱちくりさせた。


「何とかなる、って?」

「要は君達の自由時間が確保できれば良いのだろう? 任せなさい」

「ほ、本当か?」

「ああ。ついでに、よかったら君達が欲しがっているものを教えてくれないかい?」


 レイアとしては、ほんのちょっとした好奇心からの質問だった。

 

 双子は顔を見合わせ、少しためらうような素振りをみせた。

 が、やがて意を決したように、


演芸劇場サーカスの、入場券」


 と揃って答えた。


「ほう、演芸劇場が来ているのか」

「来週で終いなんだ」

「どうしても観に行きたいンだ」

「気持ちは分かるよ。あれは実に魅力ある空間演出だ、私も好きだよ」

「姉ちゃん、観た事あるのか!?」

「ああ、二度ほどね」

「あの、そン時、女の子もいたか!?」

「女の子? そうだなあ……まあ、何人かいたとは思うが」

「銀色の長い髪で、ガラスの目をした子だ!」

「踊りがすげェ上手いんだ!」

「……その子は、君達の知り合いなのかい?」


 途端に、双子達は気まずそうに顔を逸らした。そうしてもごもごと口篭った挙句、「あ、そろそろ着くから」と言って、そそくさと去っていった。


(――ははあん、さてはその少女が目当てだな)


 合点がいったレイアは、にっこりと頷いたのだった。


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