2:調査開始
彼らに隊長と呼ばれているその人物は、いつも仕事初めになると、すい、と行方をくらませる。
曰く、「たまには一人にさせてくれ」とのことらしいのだが、
「どうせ自分達がいても好き勝手に動くでしょう!」
というのがレイア達の言い分である。
毎回監査先に逃げた上司を追いかけてはその身柄を確保するのが、部下である彼らの恒例行事となっていた。
「ま、今までの隊長のパターンからいって、どっかの女の子の家にでも転がり込んでいますって。
今頃羽根伸ばしてるんだろうなぁ。モテるしなー、あのおっさん」
夜も遅く人通りも少ない為、二人は横並びで馬を引きつつ歩んでいた。
アスクののんびりとした口調に他意はない。いつもならここで止めに入るであろうサウスは、前回の事件で負傷をしたため現在王宮病棟に入院している。そのため宿場まで馬を引き歩く道中、レイアは上司の聞きたくない情報をたっぷりと聞かされる羽目になった。
「あれ、副長、顔色悪いけど大丈夫っすか? 旅疲れなら早めに寝た方がいっすよ?」
宿場にてげっそりした顔で記帳をするレイアに、アスクは見当外れな心配をするのであった。
副長【レイア】ことレイアスト・ウィンスラーに、【アスク】ことアストリア。
彼らは本来もう一人の隊員【サウス】ことサジリウス・ウェンバードと共に、『ダ・ラ・ヤーン』の直隊として動いている。
ここ大国ダーナンでは、王は『ロウ』と呼ばれている。
時計盤の頂点である12時の位置をロウとし、ぐるりと右回りの数と月呼び名は『ロウ、ウィス、ペア、スウ、ヌム、サー、ヤーン、メア、スィー、リツ、ハチ、ミィ』と決まっている。この関係図を日輪環といい、太陽であるロウと11人の補佐官がダーナンの中心となり国を動かしている。
12の各月には12~5までは男性に付ける『ティ・グ』、6~11には女性に付ける『ダ・ラ』がそれぞれの月の名称の前に入る。例えば、一月は『ティ・グ・ウィス』、7月は『ダ・ラ・メア』といった具合だ。
補佐官のうち1~5は男性補佐官、6~11は女性補佐官がそれぞれ時計盤の相対位置同士でペアを組み、二人一組となって政事を行うのが常である。
12番であり頂点の『ティ・グ・ロウ』の対極に位置する、6番の女性補佐官『ダ・ラ・ヤーン』。
王と同等の力を持つ彼女は表立ってその存在を国民には知られていない。城内でも10人の補佐官と部下達以外は、誰も正体どころかその顔すらも見たことがない。
何故なら、彼女は謁見時ですら黒衣と黒マントを羽織り、顔には仮面と羽根つき帽子を目深に被っているからだ。王宮でもその姿を見かけることはほとんどなく、王と等しい地位にいる彼女の正体を探ろうとするのは禁忌であった。
ダ・ラ・ヤーンが警邏や貴族に恐れられているのには、理由がある。
それは、彼女とその部下達で構成された『トゥル・ヤーン』と呼ばれる隊が、警邏士や貴族に対し唯一制裁施行が可能なためである。
トゥル・ヤーンの詳しい実態は知られていない。彼らは秘密裏に構成されており、各分隊が手分けして地方の行政及び警邏の調査を行っている。
不正が見つかれば、そこで彼らは正体を現わし、胸に掲げる『称号符』を手に不正に見合った刑を言い渡す。決定を不服として受け入れなければ、ダ・ラ・ヤーンに歯向かうのと同等とみなされ、ひいてはペアであるロウへの無礼へ繋がるとして極刑は免れない。
貴族や警邏がトゥル・ヤーンに取り入ろうと考えたところで、隊員達がどのような繋がりで選抜され、どこに潜伏しているのかが分からぬ限りは動きようがなかった。
トゥル・ヤーンには市民への施行権限はない。そのため、一般国民にその名は知られていないにも関わらず、高位者からは最も警戒されている機関のひとつとなっているのだ。
そんな、幾つも分かれたトゥル・ヤーン隊のうち、ヤーンの直隊メンバーが彼らである。
二人に表立った共通点はどこにも無い。
レイアもアスクも、元は国民層で最も下位に当たる愛玩奴隷と労働教院の出身である。彼らの上司である隊長が、それぞれの資質を見出し登用してくれた。
地獄のような日々から抜け出させてくれたその人に、二人は心から忠誠を誓い、慕っていた。――各々の胸の奥底には恋慕と嫉妬という、それぞれ異なる感情が潜んではいるのだが。
それに、一見自由奔放に見える上司は、その実最も国に縛られた存在なのだと知っている。
だから、彼らは本気で上司を怒れないのだ。
翌朝、二人はさっそく調査を行いながら隊長探しに励む事にした。
ここチェルレアーン地方の警邏と行政から不正の噂は聞こえてこない。その為、調査の方はさほど大変ではないと思われる。
通常の調査パターンでは、常識人であり平凡顔のサウスが都から派遣された行政指導員という名目で役所業務を行いつつ不正履歴の確認をし、女性らしく変装したレイアが最も怪しい調査元へと直接近付き真相を探り、証拠を手に入れる。下町慣れしたアスクは市民から警邏に関する話やトラブルの内容を聞きだし、公的機関がそれぞれ設定基準を満たしているかの項目調査も行う。
今回はサウスがいないため、隊長を見付けるまではレイアが役所に潜り込む事になっている。しかし地味な服装と髪形、おまけにほぼすっぴんで現れたというのに、それでもレイアは艶ある美しさを保っていた。
「うーん、役所中の男がそわそわするのが目に浮かぶわ。
サウスくらい何の特徴もない顔と存在感の薄さがあれば良かったんすけどねぇ。
地味な町なんで大丈夫だとは思うんですけど、先にメンバー補充しとけば良かったっすね。フィーヤあたりなら、今から定期便を出せば――」
「では、君がやりたまえアストリア」
「へ」
「役所業務だ。たまにはサジリウスの役割を担い、その労を理解しておくのも勉強のうちだぞ」
最もらしい事を言いつつもレイアの目は笑っていた。アスクがお堅い仕事が苦手だと知っての命令である。
「マジっすか……」
げんなりしつつも、上司命令は絶対である。
余計な事言っちまった……とぼやきながら、アスクは変装するためにのろのろと部屋に戻っていった。
(――さて。私の方だが)
一足先に外に出て、顎に手をあてながらレイアは考える。
この時間は、まだどの店も準備中だ。軒先を磨き掃いたり、持ち込んだ商品を運び入れる人々が、レイアの姿をちらりと見ては、「ほう……!」という表情になり見惚れている。
愛玩奴隷として幼い頃から手管を仕込まれている彼女は、どうやれば男が自分に虜になるかを知っている。だが、そのように意識をせずとも滲み出る彼女の華が、男女を問わずに引き寄せてしまう。
その資質を見抜いた当時の隊長が、奴隷市で自分を買い取ってくれた。
『いずれダ・ラ・ヤーンの分身となり、彼女を守れ』
これまでの自分を忘れろ。卑屈になるな。
ヤーンはロウと同等の存在だ。堂々と振舞え。
何度もそう教わり、厳しい訓練に耐えながら今の自分を手に入れた。
だから彼女は知っている。
自分にはアスクのような『親しみやすさ』というものがない。
町の人々の話を聞こうにも、気さくに話しかけるようなやり方では駄目なのだ。相手は本音で語ろうとはしてくれないだろう。
知らない相手にさっと飛び込んでいけるアスクの気質には感心する。喧嘩っ早いのには困りものだが、下町気質と人懐っこさが相手に気を許させてしまうのもまた事実なのだ。
「この町によく馴染んだ者……」
考えつつ呟いたレイアだったが、ふと何かに気付いたように口角を上げた。
ややあって彼女は頷くと、『がやがや亭』に向かって歩き出した。