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-記述3・同時刻、藤ヶ丘二丁目某所、某住宅の一室-
その部屋に窓はない。だいだい色の間接照明のみ。
おびただしく氾濫している、菓子類のプラ容器。
その中で胸から上部を露出させ、少女は本を読んでいる。
上杉里美の同級生、皆野マチである。
本の読み方は特殊。
ブロック塀の一部みたいに分厚い台帳を、正面にかかげて読む。
たぶん、本を下に置くと、お菓子の袋に埋まってしまうからだ。
鏡のようにのっぺりと輝く目は、本をスキャンしているかのように、わずかも動かない。本をめくる青白い手だけが動く。
次に動いたのは、口。
いや、動いたようには見えなかった。
が、呟きが聞こえた以上、動いたのだろう。
「急迫の事態」
一言呟き、マチは三十分ほど同じ姿勢で黙っていた。
瞼のパーツだけ動き、まばたきを繰り返しているのが、妙に生々しい。
その時、部屋のどこかで何かが弾んでいる音が聞こえてくる。マチはプールの水を掻き回すように菓子袋を掻き分け、震動の正体を探す。一分もしないうちに、携帯電話のパッケージを見付ける。箱を開けてみると、新品同様の携帯電話が発泡スチロールに埋まっている。
プラスチックの光沢がまぶしいツヤツヤの携帯を、ツヤ消しの石灰石みたいなマチの指が握る。
メールの着信があった。
差出人の欄には、
〈真実〉
と書かれていた。
本文は短く一行――。
『データ送れ』
マチは携帯のパッケージから厚い説明書を手に取り、一通りパラパラとめくり、返信文を打ち始めた。
『了』
というメールを返信してから、遠い目で独白した。
「『解』を打つ前に、送信されてしまった」
マチは無表情のままフリーズしていたが、やがて正気に返ったみたいに携帯を発泡スチロールに沈めた。
携帯のパッケージを、菓子袋の海に沈めた。