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まちのできごと  作者: N
1/14


 -記述1・K町役場、早朝-


 K町の町役場は、町を一望できる山腹にある。

 K町自体、高原といってもいい標高にある町なので、役場は高高原にあるといえる。

 役場は、いまの町長の在任中に、中心部から移転した。小さいながらも瀟洒な建物。欧州の古城をモデルに建てた日本の建物を真似したような外観。

 朝靄とニイニイゼミのつつましやかな声に包まれ、高級車が道路を走って来る。車のコマーシャルさながら、黒い鏡のようなボンネットの上を木々が流れる。

 高級車は役場の駐車場へ。

 ドアを開け、立派なスーツにくるまれた老人が降りる。

 町長、毒沢重蔵。

 十六年以上にわたってK町のトップに君臨する名士だ。老いてなお町づくりへの情熱はやまず、先日の選挙では五選を果たした。

 歩く姿は赤ん坊のように頼りないが、ショートニングのようにきつく濁った眼光は強さに溢れている。

 役場の円柱の陰から、痩身の男が姿を現した。

「町長ですね? お会いできて光栄です。初めまして」

 メガネの青年は、取っ付きやすそうな笑みを浮かべた。量販店で買ったようなジャケットは、町長の服と比べれば雲泥の差だろう。だが、着飾らなくとも内側から若々しさが滲んでいる。

 町長は、差し出された手を形式的に握り、

「朝早くすみませんね。これでも多忙でして、仕事外の時間となると早朝ぐらいしかありませんで」

「いえいえ。さすがに御壮健で」

 青年は眠たげな微笑で答えた。彼の名は牛久智久うしく ともひさ。茨城県にて古美術店を営んでいる男である。――ただし自称。

 彼の店のホームページが、骨董品のコレクションを生きがいとする町長のアンテナに引っ掛かり、呼び付けられたというわけだ。

「品物は?」

「まもなく連れが運搬して来ます。例の掛け軸のほかにも、掘り出し物がございますよ。刀剣類はお好きですか?」

「目ぼしいものは多少集めました。しかし、珍しいものならぜひ見たいですな。では、中で待ちましょうか」

 二人は役場の中に入っていった。

 町長は登山のように息を切らして階段を登っている。牛久はカラクリ人形職人みたいな目で見守っている。町長の動きが止まったら、横倒しにして修理でも始めそうだ。

 無事に二階に着いた町長は、高級無垢材でできた町長室の扉を開け、慣れ親しんだ空間へ客を通そうと――。

 ――するが、中には既に客が居た。

 ドアを開けた町長の正面に、立ち塞がっているモノ。

 それは、望遠鏡だ。

 天体観測の初心者が使う、紙を丸めた筒みたいな、チャチなものではない。

 ゴルフバッグのようにボリュームがある、本格的なモノだ。

 突き出た接眼レンズを、少女が覗き込んでいる。

「オール・エーテル。リコンファーム。ケース6。当地点において反応極大」

 学芸会本番のように歯切れ良く呟いた彼女は、レンズから顔を離し、三脚の陰から全身をあらわにする。

 超絶的な美少女であった。

 彫刻のようにピンと張ったブラウスやスカートは、今日初めて身に着けたかのようだ。

 背は低いながらも、出るところは出、くびれるところはくびれ、美術的に文句のつけようがないスタイルが分かる。背が小さめなのは、玉に傷だろうか。

 赤い縞模様レジメンタルのネクタイがリボンのように縛られ、インパクトある結び目が上半身を飾っている。某歌劇団の装飾みたいに華美だ。

 そのネクタイをさり気なく見せてしまう、白亜の肌。凛々しい顔。

 普通よりも上で結われている、左右二つのポニーテール。今にも踊り出しそうな生命感に溢れている。

 少女は尖った前髪を掻き分け、町長を睨んだ。年の功を無効化するような強い眼差しである。

「君は、誰ですか? 五高の生徒かな。なぜわたしの部屋に居るんだい」

 町長は落ち着き払っていた。政治の修羅場を何十年とくぐり続けている自信だろうか。

 いや、枯れ果てた仮面の裏には興奮が渦巻いていた。皺だらけの顔が上気していた。おそらく、コレクター魂を刺激されたのだろう。ぜひとも抉り出し、町長室の戸棚に陳列したい。そう思わせるほど、少女の目は純粋で綺麗なのである。

「私は人間よ。だから、人外に名乗る必要は無いわ。おまえは私のなすがままになっていればいいのよ」

 少女は高飛車に言ったが、町長は子供のように笑った。そういうプレイなのだと思ったようだ。心臓を悪くしてからは行っていないが、十年前までは毎晩のようにA市の店に通っていた。彼の懐かしい思い出である。町長は笑った。少女は顔をしかめた。

「罵られて嬉しいの? この変態」

「いいねえ。いいですねえ。どうして部屋に居たのかは、どうでもよくなりました。さ、こっちへおいで。怖がらなくていいよ」

 政治家というのは、刻々と移り続ける状況を野生的なカンで味方につける人種であるらしい。少女は後ずさった。町長は歩み寄った。

「さやきさん! 時間が押してますよ。例の物を」

 入り口にて微笑しながら、メガネの青年・牛久智久は言った。

「分かってるわよ。言われなくても」

 さやきと呼ばれた少女は手を差し出した。もちろんそこは、何も無い空間。

 が、淡い色の何かがドットのように集まっていき、一振りの剣が出現した。

 剣といっても、普通の形状ではなかった。まるで、海の中でワカメが漂うような刃をしていた。

「ほう。この怪しげな波形の長剣は……。『フランベルジェ』ですな。これだけ艶やかなものは珍しい」

「フン、骨董趣味なだけはあるわ」

 少女は宙に浮いている剣をつつき、町長に押し出した。

「くれるのですか?」

「もちろん、あげるわ。私はそのために来たのよ」

「では見せていただきましょうか」

 顔が写り込むような、冷えた光をたたえる剣に、町長は手をのばす。

 その時、町長の顔は刃に写らなかった。

「ゾンビめ」

 吐き捨てる少女。

 町長が剣を手に取ろうかという瞬間、少女は刃をつまみ、高々と放り上げた。クルクルと回りながら、剣が落ちてくる。

 あらかじめ構えていた、少女の手の中へ。

 少女は素早く振りかぶり、町長の肩口から斬り込む。

「おおぅっ!?」

 町長の悲鳴。

 骨と刃が押し合う固い音。

「これは……。刺激の強い、強すぎる、プレイですなあ。心臓が止まりそうです、うっふっふっふ」

 青い額に玉の汗を浮かべ、町長はどこか嬉しそうだ。

「安心していいわ。急所を外して、ゆっくりと斬ってあげる。何回も失神するくらいにね。痛みの中で噛み締めるがいいわ。自分の『存在自体の間違い』をね」

 少女は剣をノコギリのように引く。肉も骨もスポンジケーキが割れるように切れ、ブルーベリージャムのような血肉がとろとろと垂れた。波形の綺麗なフォルムを持つフランベルジェは、そのフォルムゆえに残虐な武器となる。ゆらゆらと波打つ刃によって、押し開くような傷が作られる。

「おおおぉぉぅ」

「痛い? 痛いの? どうなのよ?」

「あああ~、いいい~」

 町長は水死体のように呆然とした顔となり、声にならぬ声をひり出した。「いたい」と言いたかったのかもしれないが、最後まで言えていない。おかげで少女には「いい」と聞こえた。少女の顔が憎悪で青くなった。

 チョコレートバーのように血にまみれた剣を抜き、もう一度斬りつける。

 ごりごりごりごり、と刃を引く。傷口からはニュルニュルと血肉が押し出されてくる。切り方に失敗したケーキのように。

 斬っては抜き、斬っては抜き、少女のブラウスは返り血で染まっていく。斬っては抜き、斬っては――。

 生物と食品の中間みたいになった町長が床に倒れた。それでも少女は斬り続けようとして、メガネの青年に止められた。

「エーテル反応は消えましたよ。さやきさん。手数が多すぎると、消失の時期が早くなります。われわれのアリバイが作りにくくなりますよ」

「わかってるわ。文句言うな。いっぱい斬るために、出力は最小にしていたわ」

「よろしくない趣味ですね」

「うるさいわね」

 少女は忙しい呼吸を抑えようともせず、青年の手を振り払った。

 汚れたフランベルジェを背中越しに放り投げる。妖剣は、青年にぶつかろうかという手前で再びドット状になり、空中に霧消した。

 少女の全身に痣のように広がっていた返り血も、キレイさっぱり消えていた。

 さらに、少女と青年の見詰める先――。毒沢重蔵の傷口も完全に塞がれていた。

 惨劇の面影は気配もなく、静かに寝息を立てる老人の姿があった。町長の肩書きと、スーツを着ていることを除けば、老人ホームで寝ているお年寄りと大差がなかった。

「いつもながら、ひどいですね。エーテルさえ消せばいいのです。極端な話、武器の発動のみでも、エーテルは絡め取れるというのに。さやきさんはいつも斬りたがりすぎです」

「これが私のやり方なの。おまえは黙ってればいいのよ。無能のくせに」

「そうですね」

 青年は、少女の望遠鏡を片付けながら、いつも通りに同意を表明した。

「余計なことしないで」

 片付け途中で望遠鏡を奪われる。これも、いつものこと。青年は格別苛立っている様子も見せず、というかこの男の微笑が途切れたことは先程から一度もないのだが、一階の自販機から缶コーヒーを二本調達して来た。

「ねえ、なんで微糖なのよ! コーヒーはブラックって言ったじゃない。おまえのと交換しなさいよ」

「これは失礼しました。しかし、当方はカフェオレです。さらに甘いです」

「しょうがないわね。じゃあ、微糖を飲んでおいてやるわ」

 少女は渋々微糖の缶を受け取り、スポーツドリンクみたいに喉を鳴らして飲む。案外うまそうだ。

「〝処分〟が早く終わりましたからね。学校には充分間に合います。しっかり行って下さいね」

「分かってるわ。でも、〝エーテル〟を見付けた時は別よ。そのためにこの町に来てるんだから」

 少女は、ドラム缶のような望遠鏡のバッグを担いだ。

 早足で出て行く少女のあとを、青年は静かについて行った。

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