彼女がオレにデレたワケ
オレの名前は暁 焔。とある高校に通う一介の高校生だ。今日は日曜日。学校のことはすべて忘れて遊べる、ほぼ唯一と言っていい日。オレは毎週そうしているように、家から一番近い駅で、彼女と待ち合わせている。人はまばらだが、決して少ないというほどではない。きっと、電車に乗ればたくさんの人がいるのだろう。今はそんな時間だ。
「おはよ、ホノ」
「おはよう、まどか」
時刻は七時。彼女、巴 円は約束の時間ぴったりに来た。早く来ることもなく、遅く来ることもなく。彼女はそんな日本人らしからぬ几帳面さを持ち合わせていた。オレは凡人らしく、約束の十分前にはここで待っている。
「待ったよね。何か埋め合わせしようか?」
「あ~いや、いいよ。オレが早く来ただけだし」
「そう。じゃ、行こうか」
そう言うと彼女はすたすたとオレの先を歩く。……彼女は絶対に食い下がるということをしない。否定されれば、すぐに意見を引っ込める。相変わらずと言えば相変わらずだけど、なんだか拍子抜けだ。いつも冷静な彼女らしいといえば、らしいのかな。
「ねえ、ホノ」
「なんだ?」
「今日ね、親から言われた」
「何を?」
「ホノと別れろ、だってさ」
いつもと同じように淡々と言うことには驚いたが、その内容自体にはさして驚きを感じなかった。
彼女とオレとは、天と地ほどの差がある。彼女は文武両道、品行方正を絵に描いたような優等生。対するオレは、勉強はできない、態度は悪い、学校はサボる、不良も不良だ。親としては、そんなやつと大事な娘がつきあっているとわかったら別れさせたくもなるだろう。
「で、おまえはどうすんの? 言うとおりにするわけ?」
オレの質問に、彼女は首を振った。
「私はね、ホノ。もうホノのものなの。だからホノも、私のもの。たとえお父さん達がやれと言っても、私はホノを離さない」
ずいぶんとストレートで、執着深い言葉だった。こういう言葉をこいつの口から聞くたび、オレは浮気なんかしたら殺されるんだろうな、とか思う。
「覚えてる? 私たちがつきあい始めたきっかけ」
「いや、忘れれるわけがねえだろ」
彼女とつきあい始めたきっかけ、というか原因は、ほんの一ヶ月前に起こった。というか、彼女の方が起こした。
ある日突然オレを呼び出して、告白してきたのだ。どれほどの物語で使い古されてきたであろうベタな台詞で。
『好きです。付き合ってください』
彼女のことを、知らなかったワケじゃなかった。なんどもオレの教室に現れては、オレにちょっかいをかけてきて、勉強しろだの、学校へ来いだの、とやかく言ってきた。悪い印象を持たれているかと思っていたのだが、まさか告白してくるとは、思いもしなかった。
「そう。それならいいの。私はあなたのことが好き。そしてあなたは私の想いを受け入れた。……あなたの口から、まだ言葉は聞いてないけど。まあ、いいわ。両親には私から言っておく。だから、心配しないでいいわ」
こいつは、いったい何のために、さっきの話をオレにしたんだろう。オレに相談するまでもなく、自分の力で解決できただろうに。
「さ、今日は映画だったかしら。アクション? ロマンス? それともアニメ?」
「……ロマンスだと思う」
タイトル通りなら、そのはずだ。
「そう。じゃあ、楽しみましょうか。その後はあなたの家にお邪魔してもいいかしら?」
「え?」
オレは目が点になった。い、いきなり? なんの脈絡もなしに?
「……あなたのご両親にご挨拶をしたいと思ったのだけれど。そういうことは、もう少し段階を踏んでから、ね」
オレの表情から、オレが何を考えているかを読み取ったようだ。冷え切った目を向けられたけど、意外に強い否定はされなかった。
「なあ、まどか」
「何かしら」
そろそろ映画館につく。駅前からそう遠くない場所にある映画館。俺たちが映画を見るときは必ず行くところ。
「おまえさ、オレのことなんで好きになったわけ?」
オレがそう聞くと、彼女は珍しく悩んだ様子を見せたあと、顔を赤く染めた。
「……秘密」
顔を背けて、小さくそういった。オレはため息をつく。やっぱり、わかっていたことだけど。
彼女はオレの質問にならなんでも答えてくれる。意地悪をしてスリーサイズを聞いたときも、こっちが意地悪された気分になるくらいあっさりと答えてくれた。でも、なぜか答えてくれない質問がある。
それは、彼女がオレを好きになった理由。こんなの知ってもどうなるということでもないのだが、隠されるとなぜだか、無性に知りたくなる。……まあ、でも。
「さ、さあ、映画を見ましょう。今日は……どんな物語なのかしら」
彼女がオレにデレたワケは、わからなくても別にいっか。
オレはさあな、と彼女に言うと、映画館の中へと入って行った。