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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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プロローグ —— 地球は何も知らなかった

プロローグ —— 地球は何も知らなかった


目覚ましのアラームが、静かな朝を裂いた。


星崎紬は目を開けた。


見慣れた天井が、くすんだ白で彼を迎える。窓のカーテンはまだ朝日を遮っているが、隙間から金色の線が幾筋か這い込んでいた。


彼は手を伸ばしてスマホを掴む。画面が点灯した。


**2026年9月2日 ―― 午前6時10分**


東京、朝。


紬はベッドの縁に腰掛け、手の甲で目を擦った。特別なことは何もない。予感もない。現実めいた奇妙な夢も見なかった。ただ、九月のまだ暑さの残る平凡な朝。遠くの道路からはクラクションが聞こえ、隣の部屋からはコーヒーの香りが漂ってくる。


彼の髪は——黒に近いが、ある種の光の下では微かにプラチナシルバーの輝きを宿す——寝癖で乱れていた。サファイアグレーの瞳はまだ半分閉じたまま、彼は洗面所へ向かう。


鏡の中の顔。


整っていて、鋭く、十九歳という年齢より大人びて見える。よく年上に間違われた。おそらくは、感情の読めない表情のせいか、若者にしては落ち着きすぎた目のせいだろう。「明るい高校生」とか「元気な若者」と評されたことは一度もない。ただ「落ち着いている」、そして「少し怖い」という印象だけが、彼を知らぬ者には与えられる。


紬は歯を磨き、顔を洗い、シャツを着替える。すべてが習慣の動作だった。


今日も彼は働く。


---


東京の朝の電車。


混んでいる。いつも混んでいる。


紬はドアの近くに立ち、片手でつり革を握り、もう一方の手でスマホを操作している。画面には民間宇宙企業の経済ニュースが流れている——月や火星探査計画の進捗で株価が上がり始めたという内容だ。


「日本の民間企業、国際宇宙機関との提携を発表。2030年有人火星着陸計画へ…」


「スペースX、次世代スターシップの試験を継続中…」


「世界の投資家、小惑星採掘セクターに注目…」


紬は無表情でそれを眺めた。


彼は宇宙技術の発展に特に興味があるわけではない。興味がないというわけでもない。ただ、彼にとっては地球での生活で十分複雑だった。何故何百万光年も彼方の星々のことを考えなければならないのか。


それでも——


東京の夜空を見上げるたびに、胸の奥に引っかかるものがあった。


星々はそこにある。あまりに多く、あまりに遠く。そして人類は生涯をかけてただ下から見上げるだけで、決してそこへ赴くことはない。


彼はため息をついた。


電車が止まる。乗客が降り、乗客が乗る。東京の日常が続く。


---


一日中、紬は仕事をこなした。


彼が働くのは秋葉原の小さな電気店だ——大きな店でもない、有名な企業でもない。電子部品や中古機器、スマートフォン以前の時代のアンティーク品を扱う普通の店だ。店主は六十代の男性で、紬が中学生の頃からの付き合いだった。紬は週に三回ここで働き、学費と生活費を賄っている。


店の名前は「星崎電機」——紬と同じ姓だ。父親が経営者だからではない。店主の鈴木さんが、紬の祖父の旧友だからだ。祖父は五年前に亡くなった。子供のいない鈴木さんは、そのまま店名を敬意として残している。


紬は部品の棚を整理する。


客が古いアダプターを尋ねる。


紬は裏の倉庫からそれを探し出す。


客はそれを購入し、礼を言って去っていく。


その日はそんな風に過ぎていった。特別なことは何もない。見知らぬ人物からの謎の電話もない。突然届く怪しい小包もない。未来から来た使者と名乗る美女が店に現れることもない。


紬がレジを拭いていると、店の奥で茶を飲んでいた鈴木さんが口を開いた。


「お前、まだ夜空を見上げるのが好きなのか?」


紬は振り返った。


「え?」


「よく見てるだろ。店の前で、上を向いて。」鈴木さんは微笑んだ。「あそこに何かを探してるみたいに。」


紬は一瞬、沈黙した。


「……さあね」彼はやがて答えた。「ただ、ちょっと気になってるだけです。」


「何が?」


「あそこにいるのが、どんな感じなのか。」


鈴木さんは小さく笑った。


「星か……。」彼は茶を一口すする。「俺も昔はよく考えたもんだ。若い頃はな。人生ってやつが、宇宙に行かなくたって十分面倒だって気付くまではな。」彼は言葉を切った。「でも、もしかしたら本当に、あそこへ行くべき人間っているのかもしれない。お前は自分のことを、その一人だと思うか?」


紬は首を振った。


「わかりません。」


それは本当だった。


彼にはわからなかった。


彼はただの十九歳の若者で、秋葉原の小さな電気店で働き、朝起きて働き、帰って夕飯を食べて寝るという単純な生活を送っているだけだ。宇宙飛行士になるという大きな夢もない。ヒーローになりたいという願望もない。


しかし、彼の内側には——


一つの惑星で生涯を終えるべきではないという、奇妙な感覚があった。


紬はそれを声に出して言ったことはない。日記に書いたこともない。誰にも話したことがない。なぜなら、自分の人生に不満のない十九歳の若者が口にするには、あまりに奇妙な言葉だったからだ。


でも、その感覚はあった。


胸の奥に埋められた小さな種のように。


---


太陽が東京のビル群の向こうに沈み始める。


紬はアパート近くのスーパーで買った食品の入った小さな袋を提げて歩いていた。米、味噌、焼き魚、野菜。一人分の簡単な食事だ。


彼は自分で料理をする。


テーブルを整える。


小さなテレビの前で、ぱちぱちと音を立てるそれに向かって座る。


夜のニュース。政治。経済。天気。サッカー。


紬は静かに食事をとる。


ニュースの合間に、再利用可能なロケットの試験に成功した新興宇宙企業の話題が流れる。スタジオの専門家たちが宇宙探査の未来について語る。画面には青空に白い煙の軌跡を残して打ち上がるロケットの映像が映し出される。


紬は画面を見つめる。


「……いつになったら」彼はぽつりと呟いた。「人類は本当に星へ行けるんだろう。」


答える者は誰もいない。


テレビの音と、道路を走る車の音だけが響く。


彼は夕食を終え、皿を洗い、小さなキッチンを片付ける。


それから彼はアパートの屋上へ上がった。


紬が住むのは、東京郊外の古い四階建てアパートだった。豪華ではない。ひどくもない。一人暮らしに十分な狭い部屋に、狭いキッチン、小さな風呂、洗濯物を干すのにやっとのバルコニーがあるだけだ。


屋上は開けている。


彼はここで夜に立つのが好きだった。


見上げれば、東京の空は決して本当の闇ではない。街の灯りがオレンジ色の光を低い雲に反射させ、星々はほとんど見えない。光害をかろうじて生き延びた、わずかな光点だけが残っている。


紬は見上げる。


一つの光る点が星々の間をゆっくりと移動している——おそらく人工衛星か。飛行機か。あるいは頭上を周回する宇宙ステーションかもしれない。


彼にはわからない。


それでも彼は見つめ続けた。


長い間。


---


部屋の灯りが消える。


紬はベッドに横たわり、両手を頭の後ろで組み、暗闇に溶ける天井を見つめていた。


明日も彼は働く。そして明後日も。その翌日も。彼の生活は、この街の何百万もの人々と同じルーティンだ。それで悪いわけではない。文句を言うべきことでもない。


しかし、なぜだろう——


胸に空っぽの感覚があるのは。


もしかすると、彼がまだ若いからかもしれない。自分が本当にやりたいことをまだ見つけられていないからかもしれない。夜空を見上げ、決して触れることのできないものについて考えすぎているからかもしれない。


紬は目を閉じた。


爆発はない。


神もいない。


システムもない。


運命についての長大な語りもない。


ただ暗い部屋の中、自分の呼吸音だけがある。


---


暗闇。


音がない。


重力が正常ではない。


紬は目を開けた。


窓の外には——


星。


東京の空ではない。


地球ではない。


地球の軌道でもない。


星々が視界を満たしている。


星雲がある。


遠くの小惑星がある。


見知らぬ星系の青い光がある。


そして——


自分の心臓の音が、耳の中でやけに大きく響く。


周囲のシステム音。


何かが生きている気配。


そして——


女の声。


柔らかく。穏やかに。まるで、ずっと前から彼を待っていたかのように。


---


「——目が覚めましたね、船長。」


---


【次回予告 第一章 — 「目を開けたら、地球はもうなかった」】


見知らぬ宇宙船のコックピットで目を覚ました紬。窓の外に地球はなく、そこには果てしない星の海が広がっていた。女性の声が彼を「船長」と呼び、紬は人生で初めて、自分がもう東京にいないことを悟る。


【第一章へ続く…】

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