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秋、空高く…。あの日の君を忘れない  作者: もってぃ
あの〝影〟はなに?
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13/33

一二、、、


「すーぱーばいざぁ……?」

 意味のわかるようなわからないような……。

 黒服の女性を見据え、小首を傾げる鈴華。

 すぐさま、したり顔の彼女に、

「〝supervisor〟」

 と、巻き舌の〝u〟のアクセントで訂正されてしまった。

 ちょっと癪に障った鈴華は、

「〝supervisor〟?」

 同じく巻き舌の〝u〟のアクセントで言い直す。

 黒服の彼女の方は、うんうん、と大きく肯いた。答えとして選んだ〝自分の言葉〟に得意満面の様子だ。

「で、スーパーバイザーのあなたは、いったい何を管理・監督しているの?」

「…………」

 途端に黒服の彼女――スーパーバイザーの表情(かお)が固まる。言わなくちゃいけないスかね? という目の表情に、鈴華は黙って頷いた。

「あーん、これはちょっとなー……〝現世(うつしよ)〟の人に話すっていうのは……」

 ボーラーハット(山高帽)から覗くアッシュブロンドの前髪をいじりながら、も(ヽ)じ(ヽ)も(ヽ)じ(ヽ)し始めたスーパーバイザーを鈴華は一睨みする。

 スーパーバイザーは、しぶしぶと語り始めた――。


「えっとぉ、どっから話せばいースかねぇ……。

 んー……。

 アタシらスーパーバイザーは、常世(とこよ)のモノ、つまり〝こ(ヽ)っ(ヽ)ち(ヽ)の世界に存在しないモノ〟と、現世(うつしよ)のモノ……あなた方人間とが、過度に交わらないように目を配ってます。

 それで問題になりそうなら事前に手を打ったり…――要はバランスを取る……

 うん、そういう存在です……」


 なんだか〝自分の考えをまとめる過程〟を独(ひと)り言(ご)ちたような、そんな言い方のスーパーバイザーに、

「常世……? 現世?」

 鈴華の方も浮かんだ疑問符をそのまま表情(かお)に出して応じた。

「…………」 互いに顔を見合せて、「…………」 数秒。

 スーパーバイザーが拗ねたような表情になった。

「ほら、信じてないじゃないスか」

 あからさまに気分を害したようすのスーパーバイザーに、鈴華は内心で笑ってしまいながら宥(なだ)めにかかる。

「信じる。信じるよ。だからちゃんと説明して」

「…………」 スーパーバイザーが鈴華を覗き込むように向く。

 〝ちゃんと?〟と訊いてきたようなその青い目に、鈴華は頷くと、改めて訊いた。

「……その常世と現世の監視者のあなたと岬との関係。なんでわたしが岬に近付くのを邪魔するの? ……あと、あの〝影〟はなに?」

「そ……そーれは……」

 スーパーバイザーは困ったような表情になって口ごもった。


   ◆  ◇  ◆


「――…って、え⁉」

 困ったような顔のスーパーバイザーの目線が鈴華の背後に焦点を結んだとき、その顔が色を失った。

「え……、え? いやダメでしょ、何やってんスか……」

 その混乱したスーパーバイザーの表情に、鈴華が後ろを振り見やる。


 そこに、岬悠人が立っていた。



「……岬っ‼」

 鈴華は、それまで掴んだままだったスーパーバイザーの腕を放すとベンチから立ち上がった。スーパーバイザーが、あちゃー、というふうに目を覆う。

 真っ直ぐに視線を向けられた岬は、一(ヽ)応(ヽ)驚いた、という表情で鈴華を見返すと、むしろ困ったようなトーンの声で確認してくる。

「なに、おまえ……、やっぱ俺のこと見えてんの?」

「当たり前でしょ」


 鈴華が少し怒ったふうに応じた後ろでは、スーパーバイザーが小さくパニックを起こしていた。

〝ちょちょっちょ、ちょっ……ルール違反っ、ルール違反っスよ!〟

 そんな口の動きだったかも知れない。少なくとも鈴華の背中越しのパントマイムは、そういう動き…――。


 岬悠人は、そんなスーパーバイザーに目線をやると、〝もう、いいだろ〟と言うふうに肩をすくめる。スーパーバイザーの方は、〝そういう勝手、受け入れられないでしょう!〟と困ったふうに目を剥いたようだった。


 鈴華はそんな二人の声なき意思の交換にはそれほど意識を割(さ)くこともなく、ただ岬を真っ直ぐに見て口を開いた。

「あんたね! 来るなら来るで、なんで一言もないのさ?」

 少し詰問調。いささか気の利かないフレーズだったが、いまの鈴華にはこれが精一杯だった。

「おかしいでしょう? あんたが敵前逃亡したせいで、みんな余計に作業を増やしてんだからね。ちょっとは〝悪かった〟、とか思わないの?」


 きつい声調でそう言われた方の岬は、やっぱりか、と言いそうな、なんだか面映(おもは)ゆそうな表情でスーパーバイザーにもう一度肩をすくめてみせると、鈴華に向き直って、あっさりと謝ってみせた。

「……悪かった」

「…………」

 鈴華は次の言葉がなくなって、岬の顔を見返すばかりとなる。

 スーパーバイザーも諦めたのか、動きを止めて、ただパチクリと二人の行末を見守るようにしている。


 予想外の岬に、鈴華の方は次の言葉をなかなか見つけられず、

「――…悪かった、って、それはわたしだけじゃなく、他の部員、全員に……」

 などと、しどろもどろになる。

 スーパーバイザーが、そんな鈴華に、当人の背後でひっそりと微笑んだ。


 岬は、わずかに呼吸を整えると言葉を続けた。

「おまえには、挨拶も謝ることもできない〝決まり〟だったから、皆にもしなかったんだ。……ま、結局、こうやって謝ることになったわけだけど……他の連中には、奥村の方から謝っといてくれよ…――」

 そうして決まり悪そうに、今度こそ鈴華に背後のスーパーバイザーを意識させて、言葉を継ぐ。

「これ以上の干渉は、さすがにルール違反になっちまうらしいから」

 鈴華は背後のスーパーバイザーを見やる。スーパーバイザーがツと目線をずらして言った。

「たぶん、これが最後になるんで……〝事後承諾〟となるはずです……」

 その言葉――〝事後承諾〟――の響きに、最初は怪訝に、それからハッとしてふうになって、鈴華は再び岬を向いた。

 岬が、不思議な表情で頷く。

 鈴華は、湧き上がってきた不安に言葉が出てこない。


 それでも、何か言わなくちゃ、と鈴華が言葉を探し、岬が笑顔を作ろうしたとき――。


 また、おかしな具合に風が吹いた……と感じた。



 岬の表情が硬くなり、耳を澄ますようにしつつ周囲へ視線を走らせる。

 スーパーバイザーも辺りを窺うようにして、すんすん、と鼻を鳴らした。

 もうこのときには、ベンチの周辺の空間には、スゥ……、スゥ…――と、幾つもの黒い染みが浮かび上がっている。

 やがて岬とスーパーバイザーの視線が皇居正門石橋飾電燈の台座の脇に留まると、その一点にそれらの染みが線を引くよう流れ集まっていく。そしてそれらは渦を巻き、みるみるうちに〝揺らぐ影〟となって岬と対峙していた。

 その非現実的な光景を前に、鈴華もまた不穏な徴(しるし)を感じ取る。


 ちっ、と岬が舌打ちをした。

「最後の最後で、捕まっちまったか……」

 そう言って影の出方を窺うようにする。

 鈴華の傍らでは、スーパーバイザーも同じような面持ちで影の方を見遣(みや)っている。

 鈴華だけが、いま一つ状況を理解できていない。……ただ、黒く揺らぐ〝影〟が不穏なモノであるということを理解できるだけだ。


 と、影がぞろりと岬の方に動いた。

 それに反応した岬が腰を落とすと、影が、ぞ(ヽ)ぞ(ヽ)ぞ(ヽ)ぞ(ヽ)と飛びかかった。岬はすんでのところで身を躱(かわ)し、バランスを崩さずに距離を取った。

 そんな眼前の活劇に、鈴華が思わず悲鳴を上げる。

 岬が鈴華に顔を向けたとき、その視線を追うように、たしかに影が身動(みじろ)いだ。影は鈴華の存在を窺うように動きを止めた。


「うそ……まっずい……」

 鈴華は隣で、スーパーバイザーが震える声を上げるのを聞いた。

 鈴華はスーパーバイザーの方に目線を巡らせかけて、その動きを止めた。

 視界の端に、影が鈴華を見据えるのを捉えたからだ。


「…――っ‼」 影の動きの変化に、岬が叫んだ。「奥村っ、逃げろ!」

 鈴華は後ろに躰(からだ)を飛ばそうとして、そこにはベンチがあることを思い出す。

 それでわずかに反応が遅れた。

 黒い影が迫って来る。


 鈴華の腕が、隣からぐっと強く引っ張られた。

 スーパーバイザーが両の腕で掻(か)き抱くようにしたことで、鈴華は影に組み付かれることを何とか躱(かわ)せた。そのままスーパーバイザーに腕を引かれて後退(あとじさ)り、影との距離を取る。

 影は、鈴華の居た空間で動きを止めたあと、ぞろりと鈴華とスーパーバイザーの方へと向き直った。

 鈴華はこのとき、〝ああ……この黒い影は、いまはわたしを狙ってるんだ〟と、正しく理解した。


挿絵(By みてみん)


 得体の知れないモノに襲われる……。

 混乱と恐怖が背筋を伝った。


 ち、と岬が覚悟を決めたような表情で腰を沈めた。

 それを見たスーパーバイザーが、鈴華の顔を覗き込んで言う。

「あーもうこれ迄(まで)です! 鈴華さん、こっち見て‼」

 そう早口で捲(まく)し立てると、黒い手袋の左手を鈴華の眼前に翳(かざ)した。

 え? と思う間もなく視野が暗くなり……


 …――鈴華の意識は遠退(とおの)いていく。





   ◆  ◆  ◇





「――…か……りか……、鈴華?」

 和子の声で我に戻った鈴華は、もう一度向かいのめ(ヽ)ん(ヽ)処(ヽ)へと視線を巡らせると、何を見たのか思い出せず、結局、和子と高橋とに視線を戻す。

 二丁目と三丁目の境……市電京都七条駅の辺り。


「……あ、うん」

 鈴華は曖昧な返事をすると、怪訝そうな二人に笑顔を向けてみせた。


 何か釈然としないような……。

 いったい何に気を捕られたのだっけ? それさえ朧気(おぼろげ)だ。

 不思議な感覚…――。


 けれどもう時間だ。

 撮影に入らなければいけない。


 鈴華はスクールバッグから書き込みの入ったロケ台本を引っ張り出すと、午前の撮影に気を引き締めることにする。

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