IV:初めてのお出かけ
全体が主に石でできており、様々なドラゴンが描かれたタペストリーで飾られていた、大きくて古風な建物。黒いTシャツの上に薄い青色のデニムジャケットを着ていた俺は、緊張しながらその前で待っていた。今日は賞金稼ぎのイメージを完全に消すため、剣を置いてきた。俺は物騒な戦闘狂ではなく、ちょっといかついだけの一般人だ。ベルにも、そう思ってほしいのだ。
「ヴォルグさ〜ん!」
声がする方を向いた瞬間、俺は言葉を失った。いつもの白いTシャツの上に赤い革ジャンを着ており、ちょうど良い具合の藍色のジーンズを履いていたベルが、手を振りながらこちらへ走ってきていた。
か…かっこいい…!そしてかわいい…!!こんなにもうまく両方とも兼ね揃えるなんて…まるで、程よいスパイスが混じったデザートのようだ。本当に恐ろしいな、ベルという人間は。こうやって、会う度に新しい方法で俺の心を射抜くことができるのは、きっと世界で彼だけだ。
ベルは俺の目の前で立ち止まり、黒いトートバッグを肩にかけ直した。
「すみません!お待たせしてしまって…」
「いや…いいんだ。俺が早く来ちまっただけだから…」
そしてベルを見つめているうちに、気持ちが抑えられなくなり、思わず本音がこぼれてしまった。
「その服…似合ってるぞ」
「そうですか?」
ベルはそう言って、えへへ、と嬉しそうに笑った。
「ヴォルグさんの真似してみたんです」
驚いて目を丸くした俺の顔は、さらに赤くなった。真似?俺の?そこまで俺に憧れてくれていたのか?俺のことを、かっこいいとと思ってくれているのか?
ヤバい…嬉しすぎる。嬉しすぎて、彼ジャケを着るベルの妄想で頭がいっぱいだ。
「それじゃあ、入りましょうか!」
「お…おう…」
俺は少しでも自分を落ち着かせようと、目を逸らして首を触りながら、ベルと共に扉に通じる階段を上った。
中に入ると、小型ドラゴンの白骨標本がずらりと並んでおり、中心には大型の標本が翼を広げたポーズで展示されていた。
「うわぁ〜、すごい!おっきい〜!」
ベルは子供のように目をキラキラと輝かせながら、標本を絶賛した。
すごいのは確かだ。それは否定しない。だが、俺の目にはベルが百倍輝いて見える。彼が楽しそうに周りを見渡している姿がたまらなくかわいい。好きという感情が溢れすぎて、鼓動がハチドリの羽ばたきのように早くなってしまいそうだ。
しっかりしろ、俺。冷静になるんだ。その訓練をするためにここに来たんじゃないか。心を乱さず、普通にベルと楽しく過ごすようにしなければ。
しかし、そう簡単にはいかなかった。至る所に展示されていた、色とりどりのドラゴンの剥製を見て回っている間、俺はベルから全く目を離せず、緊張して会話もままならなかった。
「おぉ〜、かっこいい〜!これがアースドラゴンか〜!主に岩山に生息してるんですって!ヴォルグさん、戦ったことあるんですか?」
「お、おう…あるぜ。結構、手強かったな…」
俺は頬を赤らめながら、短く答えることしかできなかった。
「へぇ〜…俺も見てみたいな〜!」
ベルがそう言って剥製を眺めている間、俺は横を向いてため息をついた。本当に…どうしようもないな、俺は。
———
全然ダメだ。計画は完全に失敗だ。
博物館の近くにあった洋食レストランでランチをすることにした俺達は、共に一番人気のオムライスを注文した。そしてベルがそれを美味しそうに食べている間、向かいに座っていた俺は両手で顔を覆って絶望に浸っていた。
今のところ、何一つうまくいっていない。これじゃあ、一生ベルの隣で働けない。彼と普通に外出することも叶わないのであれば、俺は一体どうしたら…
「ヴォルグさん、食べないんですか?」
俺はベルの声を聞いてハッとし、急いでスプーンを手に取った。
「いや…食べる…!ちょっと…考え事してただけだ」
「これすっごく美味しいですよ〜!俺も勉強したいくらいです!和食屋ですけど…」
ベルはそう言ってオムライスをもう一口食べ、とろけるような笑顔を見せた。俺も自分のオムライスを食べながらそれを眺め、落ち込んでいた心が一瞬で癒された。
やっぱりかわいいな…ベルが幸せそうにしていると、俺も幸せだ。こんなに幸せそうなのに、いつも一人で身を削って働いているのか。
「…なあ」
「ん?」
「なんで今まで求人広告を出さなかったんだ?俺じゃなくても、優秀な人材はいくらでもいるだろ」
「う〜ん…」
ベルは思考を巡らせ、一旦スプーンを下ろした。
「俺、こう見えて結構引っ込みがちで…人をまとめられる自信がなかったんです。俺と一緒に働いてくれる人の期待を裏切ってしまったらと思うと、やっぱり怖くて……でも、ヴォルグさんとなら、安心して頑張れるかも、って思ったんです」
俺は目を丸くした。
「俺と…?」
「ヴォルグさんといる時は、俺、全然不安にならないんです。なんでだろうな…ヴォルグさんが、俺の背中を押してくれそうな気がするからかな。さっき、俺が一人ではしゃいでる時も、優しく見守ってくれてましたし。理想の仕事仲間ですよね!」
俺は驚いていたが、同時にすごく安心していた。ベルにとって、俺がそんな重要な存在なのだと知れて、心の中で何かが吹っ切れたような気がした。彼も、俺を必要としてくれているのか。こんな俺でも、彼の側にいていいのか。
「…そう思ってもらえて嬉しいよ」
俺が微笑みながらそう言うと、ベルもニコッと笑った。
決めたぞ。何がなんでも、ベルの隣にいよう。少しでも、彼の助けになれるように。
———
「あぁ〜、美味しかった!」
レストランを出ると、ベルは満たされた顔でそう言った。
「そうだな」
「俺も洋食屋さんに変更した方がいいんでしょうか…」
「そんなことない。お前が作るどんぶりが一番うまいぞ」
「えへへ…ありがとうございます」
よかった…俺、普通に笑えてる。緊張せずに話せてる。これで、やっと…
「おうおう!誰かと思えば…賞金泥棒のヴォルグじゃねえか!」
その時、突然、聞いたことのある声がした。ベルと同時に振り向くと、猪のような顔をした、ボロボロな服装のオークがこちらへ歩いてきていた。
「デオ?なんでお前が…」
「なんだよ。俺が普通に街を歩いてちゃおかしいか?」
すると、彼はベルを指差し、ニヤリと笑った。
「それより、そこの兄ちゃん…いいツラしてんじゃねえか。お前の新しいオンナか?」
怒りにより目を細め、眉をピクッと動かした俺は、低く重い声を発した。
「…要件をさっさと言え」
「もうわかってんだろ。あのアースドラゴンの件…忘れてねえぞ。テメェは俺の獲物を奪ったんだからなぁ…!」
「何言ってやがる。お前が仕留め損ねただけだろうが」
「黙れ、このクソッタレが!!」
デオはそう言って、懐から紫色のダガーを取り出し、それを振り上げながら俺の方へ突進した。俺はダガーを持つ彼の腕を抑え、さらに横から向かってくる拳をもう片方の手で防いだ。デオの唐突な行動で、周りの人々がざわついており、ベルも目を丸くして固まっていた。
「ヴォルグさん!」
「ベル!下がってろ!」
俺は全力でデオを押しのけたが、彼はダガーを振り回し続けた。俺はそれを何度か躱した後、もう一度彼の腕を掴み、脇腹に蹴りを入れたが、その体は硬い何かに守られており、ビクともしなかった。
(こいつ…服の下に鎧を…!)
その時、デオは俺のジャケットの襟を掴み、俺を思いっきり放り投げた。俺は近くにあったポストに背中をぶつけ、痛みにより声を上げた。
「ヴォルグさん!!」
「ベル…早く逃げるんだ…!」
「ほう…よほどあの兄ちゃんが心配みてえだな。じゃああいつから先に殺してやろうか?」
そしてデオはベルに近づき、ダガーを振り上げた。
「よせ!!」
俺は叫びながら手を伸ばし、ベルは目を瞑って両手で顔を覆った。
しかし、彼に刃が届く直前に、急速でこちらへ近づいてくるサイレンの音が聞こえた。ピタッと動きを止めたデオは、数メートル先で止まったパトカーを見て、チッ、と舌打ちをして逃げていった。誰かが素早く警察を呼んだのだろう。
パトカーから出てきた二人の警官は、待て、などと言いながら、彼の後を追った。
俺が安堵の息をつくと、ベルは俺に駆け寄り、肩に手を置いた。
「ヴォルグさん!大丈夫ですか?」
「ああ…平気だ。お前こそ、怪我はないか?」
「はい…おかげさまで!」
そう言って笑ったベルの手は、震えていた。胸の内が冷たく、ずっしりと重たい。
警察が来ていなかったら、ベルは殺されていたかもしれない。彼を、永遠に失っていたかもしれない。俺のせいで…
俺は歯を食いしばり、恐怖と怒りにより震える拳を握りしめた。二度とこんなことがあってはならない。賞金稼ぎの汚い世界から、ベルを遠ざけなければ。
そのためには…俺が彼から離れる必要がある。




