表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

III:世話焼きな友達

俺は最近、すこぶる気分がいい。なぜなら、店に来る度に、ベルに何度も名前を呼んでもらえるからだ。


「ヴォルグさん!いらっしゃいませ〜!」


「いつものですよね、ヴォルグさん?」


「ヴォルグさん、お待ちどおさまで〜す!」


俺は誇らしげに笑いながら、カウンター席でゆったりと焼肉丼を味わった。前よりもっと美味しく感じる。恋が、俺の味覚をさらに彩ってくれている。夢のような時間だ。ずっとここにいたいな…


すると突然、正面のキッチンではなく、背後からベルの声がした。


「はぁ〜、疲れた〜…」


驚いて振り向くと、いつの間にか空っぽになっていた店内で、ベルがテーブルを拭きながらストレッチをしていた。バッと自分の腕時計を確認してみると、閉店1時間前だった。まずい…浮かれすぎて、こんな遅くまで残ってしまった。これでは、ベルに迷惑をかけてしまう。早く立ち去らねば。


「あ、ヴォルグさん!お会計ですか?」


「ああ…すまない。時間を忘れちまって…」


俺はそう言いながら、慌てて財布を探した。


「いえいえ!ヴォルグさんがいてくれると、俺も嬉しいので!」


俺は目を丸くして固まった。嬉しい…?俺がここにいることを、喜んでくれているのか?それって…もしかしたら、ベルも…?


「いててて…」


俺はビクッとして我に返り、ベルの方を向いた。彼は少し辛そうな表情で、雑巾を滑らせていた右腕を揉んでいた。


「大丈夫か?」


少し近づいて問うと、ベルは無理矢理微笑んだ。


「はい…平気です。ちょっと、筋肉痛が残ってて…」


それを聞いて、心が鋭い刃物に貫かれたような感覚を覚えた。


そうか…ベルは、全ての客に満足してもらうため、常に無理をしているのか。たった一人で料理を振る舞って、たくさんの客の要望に応えて、後片付けもして……俺が想像もできないくらい、大変な仕事なのだろう。


俺も、彼の力になりたい。迷惑かもしれないが、彼の負担を少しでも減らしてやりたい。


俺は拳を握りしめて立ち上がり、ベルの方へ歩き出した。そして、彼の代わりに雑巾を手に取る。


「俺も手伝う」


ベルは驚いて目を丸くした。


「えっ!?いいですいいです!お客さんにそんな…!」


「今は…客とか、そんなんじゃなくて…」


俺は頬を赤らめ、もう片方の手で頭をかいた。


「ただの…世話焼きな友達だと思ってくれて構わねえから…」


ベルはその場で固まっていた。俺もびっくりだ。自分がベルにこんなことを言うなんて…恥ずかしくてしょうがない。でも、今は必要なことだと思ったのだ。ベルに、一人で抱え込んでほしくないから。俺を頼ってほしいから。


すると、ベルは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます…ヴォルグさん」


「おう…気にするな」


俺は目を逸らしたまま、静かにそう返した。


沈黙の中、テーブルを入念に拭いていると、ベルが突然尋ねた。


「ヴォルグさん…うちで働く気はありませんか?」


俺は驚きのあまり、雑巾をシュッとテーブルの端まで滑らせてしまい、前に倒れそうになった。


「は…!?」


「ヴォルグさんがいてくれると、すごく心強いと思うんです!あ、賞金稼ぎの仕事が忙しいなら、無理にとは言いませんが…」


「いや、別に忙しくはねえけど…」


「じゃあ…!」


ベルの瞳がキラキラと輝いている。俺もありがたいし、常にベルと共に働けることを考えると、嬉しくて仕方がない。しかし、よく考えなければ。ベルに雇われるということは、彼に全面的に頼るということなのだ。彼の足手まといになりたくないし、収入を横取りするようなことは絶対にしたくない。


俺は差し出された宝を必死で拒むかのように、目をぎゅっと瞑った。


「でも…ダメだ!」


「どうしてですか?」


「だって俺、料理とかできねえし…それに、お前に金をたかるようなことだけは—」


「ああ、それなら大丈夫ですよ!料理はこれから学べばいいし、お店に入るお金は、ヴォルグさんのお金でもあるんですから!」


「でも…」


「とにかく考えてみてください!俺はいつでも歓迎しますので!」


俺は深く悩みながら、再びテーブルを拭き始めた。一体、どうすればいいのだろう。ベルに快く受け入れてもらえるのは実に悦ばしいことだが、本当にいいのだろうか。こんな俺が、彼の人生の中心に踏み入っても大丈夫なのだろうか。俺みたいに、戦って賞金を稼ぐことしか能がない人間が。


———


安いアパートの、武器や魔法具だらけの狭い寝室。黒いTシャツと灰色のスウェットパンツに着替えた後、その隅にある小さなシングルベッドで仰向けになった俺は、ぼーっと天井を見つめながら、じっくりと考えた。


俺が店で働き始めたら、ベルも少しは楽になるのだろうか。逆に仕事を増やしてしまわないだろうか。そうならないよう、できるだけ自分で料理の勉強をしなければ。


そういえば、自炊したことなんて殆どなかったな。味噌汁の作り方すらわからない。貧乏だったため、賞金稼ぎとしてある程度腕を上げるまでは、いつも適当な物ばかり食べていた。味覚もかなりバグってるかもしれない。


俺は両手で頭を抱え、大きくため息をついた。何が正解なのだろう。何をしたら、ベルのためになるのだろう。わからない…わからないけど——


「あいつと…一緒にいたい」


そう呟いた俺は、拳を握りしめて覚悟を決めた。ベルと共に時間を過ごしたい。毎日彼と話して、笑い合いたい。そしていつか…彼に告白するんだ。


俺はよし、と言って横を向き、ナイトテーブルに置いてあったスマホを手に取った。そしてLANE(レイン)アプリを開き、ベルにメッセージを送ろうと、画面のキーボードに親指をかざした。


さっきの誘いを受けることにした、と入力するだけだ。大丈夫。俺ならできる。これでいいんだ。これで…


しばらく固まったままだった俺は、止めていた息を吐き出しながらスマホを離し、再び仰向けになった。


ダメだ。やっぱり緊張する。こんな調子じゃ、ベルの隣で働くなんて到底無理だ。まずは俺の見方を変えなければ。彼のことを、遠く、神々しい存在ではなく、一人の人間として見れるようにならなければ。普通の友達みたいに、店以外の場所で時間を共有し、少しずつ慣れていけば、目を逸らしたり吃ったりせずに、彼と接することができるようになるかもしれない。


俺は深呼吸をしてまた横を向き、スマホを拾った。


「よう、ベル。急で悪いが、次の休みっていつなんだ?」


震える指で入力すると、1分も経たないうちに既読がつき、返信が来た。


「ヴォルグさんこんばんは!再来週の日曜は休む予定ですよ!」


再来週か…それまで俺の心臓は無事でいられるだろうか?でも、やると決めたんだ。俺が一歩踏み出さなければならないんだ。


俺は勇気を振り絞り、次のメッセージを送った。


「その日、一緒にどっか行かないか?」


ドキドキする。手汗でスマホが濡れている。誘い方はこれで合ってただろうか?急すぎただろうか?拒絶されたらどうしよう…


すると、数秒後に返信が届き、俺は思わずビクッとした。そして、読み間違えるか不安だったため、画面を顔に近づけた。


「いいですね!どこに行きましょうか?」


俺はパァッと笑い、小さくガッツポーズをした。だがまだ安心はできない。場所を指定しなくては。


俺はクークルでデートスポット…ではなく、お出かけスポットを検索し、返信が遅れないよう、ものすごい速さであらゆるサイトを巡った。遊園地、動物園、水族館…どれもベタすぎるし、ベルと言葉を交わすチャンスが少なそうだ。


そして俺は、とある場所に行き着いた。先月オープンしたばかりの、ドラゴン博物館。ベルは俺が戦った獣について聞きたがっていたし、俺も仕事の話なら長々とできる気がする。しかも、入場料はタダみたいだ。


「これだ…!」


LANE(レイン)アプリに戻り、素早くキーボードを打つ。


「最近オープンしたドラゴン博物館なんてどうだ?」


「あ、それ!俺も行きたかったんです!」


「よかった。何時がいい?」


「10時はどうですか?そしたら、お昼もご一緒できますし!」


お昼も!?そんな贅沢な……でも、想像しただけでワクワクしてくる。ベルが作った料理を食べるだけではなく、ベルと共に食事ができるなんて…


「わかった。そうしよう」


俺はスマホをぎゅっと握りしめ、慎重に答えた。


ベルは張り切って敬礼している猫のスタンプを送ってきた。


「楽しみですね!」


俺は小さく微笑んだ。


「そうだな」


「では、また明日、お店で!おやすみなさい!」


「おう。おやすみ。また明日」


そうやって会話が終わると、俺はスマホを胸に当て、はぁ〜と息を吐いた。


ベルと二人でお出かけか…楽しみだな。何を着ていこう。どんな話をしよう。今からソワソワして眠れそうにない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ