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終章|幽霊たちの凱旋



 戦闘音は止んだ。

 静寂が戻った地下街に、おずおずと人々が戻ってきた。


 瓦礫の山から顔を出したのは、顔中絆創膏だらけのゲンさんや、商売道具を失った露天商たちだ。

 彼らは、破壊された「ミルキー・キオスク」と、そこに佇むマキナとチグサを遠巻きに囲んだ。


 誰も近づこうとはしない。

 その視線にあるのは、感謝だけではない。

 恐怖。戸惑い。そして、埋めがたい距離感。


 企業の軍隊を単独で壊滅させるような「兵器」を、隣人として受け入れることは、平穏を望む彼らにはあまりに荷が重すぎた。


「……あーあ」


 チグサが、彼らの視線に気づいて、わざとおどけたように肩をすくめた。

 彼女の全身からは硝煙が立ち上り、その義手はどす黒い血液とオイルで汚れている。


「バレちゃったね。これじゃあもう、ツケで焼きそば食えないや」


 マキナは何も言わず、ただ一度だけゲンさんに軽く頭を下げた。

 謝罪ではない。ただの、別れの挨拶だ。

 ゲンさんは何かを言いかけたが、喉を鳴らしただけで、言葉にならなかった。


 マキナはトウコの「遺体」が入ったコンテナを積み込み、チグサを促して裏口のトラックに乗り込む。

 エンジンがかかる。


 トラックが動き出したとき、背後でようやく、誰かが叫んだ。


「……ありがとな! 姉ちゃんたち!」

「元気でやれよ! 達者でな!」


 それは、街からの精一杯のはなむけであり、同時に「もう二度と帰ってくるな」という絶縁の言葉でもあった。

 ここに彼女たちの居場所は、もうないのだ。


 マキナは振り返らなかった。

 チグサだけが、荷台から大きく手を振っていた。



 遠ざかる第13区画の街明かり。

 荷台の隅で、ふわりと小型ドローンが浮かび上がった。

 青く点滅するレンズが、マキナとチグサを見つめている。


『……お待たせしました、マキナさん、チグサさん』


 合成音声。けれど、その少しはにかんだような抑揚は、間違いなくトウコのものだった。


『脱出用のルート、確保しました』

「トウコちゃん! 新しいボディの調子はどう?」


 チグサが尋ねると、ドローンは空中で一回転してみせた。


『悪くありません。……何より、軽いです』


 トラックは廃棄された地下道を疾走する。

 守りたかった日常は壊れた。人々は彼女たちを恐れ、遠ざけた。

 それでも、彼女たちはトウコという新しい「家族」を守り抜いた。


「さて。これからは三人分の食費と、バッテリー代を稼がないといけないわね」


 マキナが呆れたように言い、焼け残りのビールを開けた。


「ねえねえ」


 チグサが、ドローンを突っついた。


「トウコちゃん、データになっちゃったけどさ。ご飯とかどうすんの? 電気だけ?」


 ドローン──トウコは、少し考えるように空中で停止してから、答えた。


『……必要です』

「えっ、食べるの?」

『物理的には食べられません。でも……「美味しい」という概念データを取り込まないと、私の自己定義アイデンティティが崩壊してしまう気がするんです』


 トウコの声は真剣だった。

 あの時、お弁当を食べてから一〇秒後に感じた、あの温かさ。

 泥のようなコーヒーの苦味。

 それが、彼女を人間として繋ぎ止めていた最後のくさびだった。


『だから、シミュレートします。お二人が食べている姿、香り、音……それらを解析して、私の演算回路の中で「味」として再構築するんです』

「へぇー! なんか難しそうだけど、要するにグルメレポーターやれってこと?」

『覚悟してください。マキナさんの奢りなら、きっと最高級のデータの味がしますから』

「……調子に乗るんじゃないわよ、クソガキ」


 マキナの悪態は、ちっとも怖くなかった。

 トラックが段差で大きく揺れる。


 三人は顔を見合わせ──マキナとチグサ、そして青く光る一つレンズ──、夜の地下道に笑い声を響かせた。


 死に損ないの幽霊たちと、深海へ還った魚。

 彼女たちの旅は、まだ始まったばかりだ。

 目指すは、この都市のさらに深く、誰も知らない「底」の世界。


 そこでどんな日常が待っていようとも、きっと彼女たちの食卓には、温かい「味」があるはずだ。


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