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第三章|神の視点と幽霊の牙



 バチッ、と青白い火花が散った。


 トウコの視界が、TVの電源を切ったようにプツリと暗転する。

 直後、脳髄を焼きごてで直接撫でられたような、絶叫すら許されない激痛が走った。


(あ、が……ッ!)


 肉体というハードウェアが、過剰な電流と情報量に耐えきれず、悲鳴を上げて崩壊していく感覚。


 ──死ぬ。

 トウコは直感した。これが死だ。


 暗くて、冷たくて、重たい泥の中に沈んでいく。

 マキナさんの怒鳴り声も、チグサさんの銃声も、もう聞こえない。


(ごめんなさい)


 結局、私は役立たずのバグだった。お弁当の味も、コーヒーの温かさも、返すことができないまま──。


 ふと。

 泥の底が抜け、トウコの意識が「裏側」へと滑り落ちた。


 重さが、消えた。

 痛みが、消えた。

 あれほど緩慢で、もどかしかった「時間」の澱みが、一瞬にして拭い去られる。


 ──『接続コネクト』。


 世界が反転する。

 暗闇だった視界に、奔流する光のラインが走った。


 見える。

 瓦礫の陰で弾切れを起こし、歯噛みするマキナの表情が。

 義手から火花を散らしながら、必死に盾を支えるチグサの背中が。

 そして、彼女たちを蹂躙しようと迫る、無数の敵意の赤色が。


(……見えます)


 トウコは呟いた。物理的な声帯はもう動かない。けれど、その意思は光の速さで伝播した。


(もう、待たなくていい。……10秒なんて、いらない)



「クソッ、弾切れよ!」

 マキナは空になったマガジンを放り捨てた。敵の包囲網はすでに五メートル先まで迫っている。


 キィィィィン……。


 耳鳴りのような高周波音が戦場を支配した。

 敵のドローンが、兵士たちの通信機が、そしてマキナが装着していた旧式の戦術ゴーグルが一斉に悲鳴を上げた。


 ノイズが走る。

 赤い警告表示アラートが明滅し、そして──透き通るような「ブルー」に塗り替えられた。


System Message: Operator "TOKO" Online.


 マキナの視界に、無機質なシステムログが浮かび上がる。

 そして、脳内に直接響く声があった。


『……聞こえますか、マキナさん、チグサさん』


 それは、いつもの自信なさげなトウコの声ではなかった。

 鈴を転がすようにクリアで、神託のように静謐な響き。

 マキナの視界(AR)に、信じられないほどの情報量がオーバーレイ表示された。


 敵兵の位置。装甲の厚さ。

 壁の向こう側にいる敵のシルエットまでもが、青いワイヤーフレームで透けて見えている。


『マキナさん、私が「目」になります。……反撃しましょう』


 視界の中に、一本の青い予測線ガイドラインが引かれた。

 それはマキナの銃口から伸び、目の前の瓦礫に当たり、そこから鋭角に跳ね返って、遮蔽物に隠れた敵兵の頭部へと繋がっていた。


『右舷15度。跳弾リコシェによる処理が可能です』


「……無茶苦茶なナビね」


 マキナは口元を歪めた。凶悪で、歓喜に満ちた笑みが戻ってくる。


「でも、嫌いじゃないわ」


 彼女は隠し持っていた最後の小型拳銃デリンジャーを抜き、迷いなく引き金を引いた。


 タンッ!


 弾丸は計算通りに鉄骨に当たり、火花と共に跳弾。壁の裏の敵兵を正確に撃ち抜いた。



『チグサさん』

『わっ、トウコちゃん!?』

『チグサさんの義手の制御リミッター、私がハッキングして解除しました。出力係数を120%まで引き上げます』

『え、マジ? 壊れない?』

『壊れる前に、終わらせます。……30秒だけ、持ちますから』


 ブォンッ!

 チグサの右腕が、赤熱した鉄のように輝き始めた。


『行ってください。あなたの通る道は、私が作ります』


 チグサが地面を蹴った。

 さっきまでの獣のような動きではない。今の彼女は、推進剤を積んだロケットだった。


「うおおおおお!」


 チグサが真正面から敵陣へ突っ込む。

 兵士たちが慌てて射撃しようとするが、トリガーが引けない。


『敵火器管制システム、掌握。トリガーロックをかけました』


 無防備になった敵兵の群れに、灼熱の義手を持ったチグサが激突した。


 ドォォォォン!!


 爆発音。

 強化外骨格を着込んだ兵士が、ボーリングのピンのように宙を舞う。チグサが腕を振るうたびに、鋼鉄の装甲が紙屑のように引き裂かれ、溶解していく。

 戦場は混沌を極めた。

 いや、一方的な蹂躙だった。


『左翼、増援が来ます。……ですが、無駄です』


 トンネルの奥から現れた増援部隊。

 しかし、彼らが足を踏み出した瞬間、床が抜けた。トウコが地下構造図を書き換え、足場の強度を崩壊させたのだ。

 悲鳴と共に、増援部隊が暗い穴の底へと消えていく。


 残された指揮官が、震える声で叫んだ。


「ば、化け物……! 何なんだ貴様らは!」


 マキナが、瓦礫の上に立って指揮官を見下ろした。

 その瞳には、青いARの光が宿っている。


「ええ、幽霊よ。でもね」


 マキナは銃口を指揮官に向け、静かに告げた。


「今の私たちには、最強の女神スポンサーがついているの」


 ──全敵性反応、沈黙サイレント


 戦闘が終了するまで、トウコがダイブしてからわずか三分足らずの出来事だった。


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