表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第二章|亡霊たちの復活と、壊された日常



 シャッターが完全に巻き上がるまでの数秒間、世界はスローモーションのように静止していた。

 トウコはカウンターの影で息を殺し、その隙間から外を覗き見た。


 店の前には、装甲服に身を包んだ「ケルベロス」の兵士たちが、半円状の包囲陣を敷いていた。

 先頭に立つ指揮官らしき男が、ハンドシグナルを送る。

 一斉に向けられる銃口。そのすべてが、店の中に立つ二人の女性に向けられている。


『最終勧告だ。検体を出し、両手を上げて出てこい』


 指揮官の外部スピーカーが吠えた。


「随分としつけのなっていない犬ね」


 マキナの声が、冷たく響き渡った。

 彼女は両手に構えた二丁の大型拳銃──45口径の旧式カスタム──をだらりと下げたまま、瓦礫の山となった店の前に悠然と歩み出た。

 その背後で、チグサが軽い足取りで続く。彼女の右腕、無骨な義手が、低い駆動音ハミングを奏でている。


『……女? 民間人か?』


 指揮官が困惑したようにバイザーを揺らした。


「民間人、ね」


 マキナは口元だけで笑った。

 その笑みは、氷点下の刃物のように鋭かった。


「ええ、今はそうね。……ただの善良な店主と、大飯食らいのアルバイト。ただ」


 マキナが、耳元の通信デバイスを指先でタップした。

 チグサもまた、ニヤリと笑って首元のインカムを起動する。


 ザザッ……。

 敵部隊の全員が傍受可能なオープンチャンネルに、ノイズ混じりの音声が割り込んだ。


『こちら、アンダーテイカー1。および2』


 そのコールサインが響いた瞬間、指揮官の動きが凍りついた。

 それは、都市の裏社会や軍属の人間ならば、誰もが一度は聞いたことのある「都市伝説」の名。


『葬儀の時間だ、クソガキども』



 轟音。


 マキナの両手から放たれた初弾が、指揮官の両脇にいた兵士のメインカメラを正確に撃ち抜いた。

 ガラスの砕ける音と共に、悲鳴が上がる。


「──排除せよ! 撃てッ!」


 指揮官の絶叫と共に、銃撃戦が始まった。

 無数のマズルフラッシュが闇を切り裂く。流れ弾が、周囲のシャッター街を無差別に破壊していく。看板が落ち、ガラスが砕け、逃げ遅れた誰かの悲鳴が上がる。


「おっそーい! あと、そこゲンさんの店! これ以上壊すな!」


 チグサが飛び出した。

 彼女は敵兵を掴むと、それを盾にしながら、わざと敵の射線が誰もいない壁側に向くように立ち回っていた。

 暴れているように見えて、彼女は無意識に周囲への被害コラテラル・ダメージを抑えようとしている。


 その光景を、物陰から覗き見ていた闇市の住人たちは、信じられないものを見る目で凝視していた。


「うわあああ! なんだあの女! 義手一本でパワードスーツをねじ切ったぞ!?」

「化け物だ! あいつら、本当にただの店員か!?」


 いつも店の前でポテトチップスを食べていた、能天気な看板娘。

 常にしかめ面で電卓を叩いていた、ケチな美人店長。

 その二人が今、企業の精鋭部隊を相手に、人間離れした暴力で舞っている。


「す、すげえ……」

「『葬儀屋』だ……都市伝説の、幽霊だ……!」


 誰かの呟きが漏れた。

 助かった、という安堵。だがそれ以上に、彼らの目には濃い「畏怖」が浮かんでいた。


 企業の兵隊も怖いが、それを素手で引き千切る彼女たちは、もっと恐ろしい「異物」に見えたのだ。

 その視線の変化に、トウコだけが気づいていた。


 彼女たちが戦えば戦うほど、彼女たちはこの「日常」から乖離していく。

 戦場という、別の世界に生きる住人なのだという残酷な事実が、トウコの胸を締め付けた。



 だが、現実は非情な「数」の暴力を突きつけてくる。


「予備隊、投入! 相手はたったの二人だ、圧殺しろ!」


 地下鉄のトンネルの奥から、新たな増援が現れた。

 重機関銃を搭載した自律歩行ドローンまで引き連れている。

 圧倒的な火力の前に、マキナとチグサの快進撃が鈍り始めた。


「チッ……!」


 マキナが舌打ちをし、空になったマガジンを捨ててリロードする。残弾は少ない。

 轟音と共に、店の看板だった『MILKY KIOSK』のネオンサインが撃ち落とされ、粉々に砕け散った。


 破片がトウコの足元に転がってくる。


(私の、せいだ)


 トウコは唇を噛み締めた。

 このままでは、二人は死ぬ。

 かつて都市を救った英雄たちが、こんな汚い地下の掃き溜めで、たった一人の「バグ」を守るために、無意味に命を散らしてしまう。


 トウコの視界の端で、チグサの義手から黒煙が上がるのが見えた。

 マキナが最後の予備弾倉に手をかけるのが見えた。

 その動作の一つ一つが、トウコにはスローモーションのように、残酷なほど鮮明に見える。


 ──いやだ。


 トウコの中で、何かが弾けた。


(あの美味しいお弁当も、泥みたいなコーヒーも、もう二度と味わえなくなる)

(そんなのは、いやだ)


 トウコは這うようにして店の奥へ戻った。

 目指すのは、店の裏側にある古い配電盤。

 彼女は懐から、自作の接続端子ニューロ・ジャックを取り出した。


 生身の人間が直結すれば、脳神経を焼き切る激痛が走る。最悪の場合、心停止する。

 それでも。


「……マキナさん、チグサさん」


 トウコの小さな呟きは、銃声にかき消されて二人には届かない。

 それでも彼女は、祈るように告げた。


回線ライン、開けておいてください」


 トウコは躊躇なく、冷たい端子を自身の首に突き刺した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ