第8章:Show, Don't Tell
戦場は、埃と鉄の味がした。 王都北門前の平原。 展開したエルデナ・アルカディア連合軍は総勢2000。 対する魔王軍先鋒、四天王ヴォルグ配下のアンデッド軍団は1万。
数字の上では5倍の戦力差だ。 だが、俺には勝算があった。
「クジョウ、本当にこれでいいのか?」
馬上のレオンハルトが、怪訝な顔で俺を見る。 彼が率いるアルカディアの精鋭騎兵隊は、なぜか最前線ではなく、戦場の両翼にある森の中に隠れていた。 中央に陣取るのは、アイリス率いるエルデナの義勇兵と、俺が用意した「ある仕掛け」だけだ。
「ええ。中央は『餌』です。派手であればあるほどいい」
俺は、最前列に並べた巨大な鏡のような装置――魔導反射板を指差した。
「あれはなんだ?」
「舞台照明です」
その時、地鳴りと共にアンデッドの軍勢が動き出した。 ゾンビ、スケルトン、そしてそれらを統率する巨大な肉塊の怪物たち。彼らは恐怖を煽るように、不気味な咆哮を上げながら進軍してくる。
普通の兵士なら、この時点で恐慌状態に陥るだろう。 だが、エルデナの義勇兵たちは違った。彼らは恐怖よりも、興奮で顔を紅潮させていた。 なぜなら、彼らの手元には、俺が配った「スコアカード」があったからだ。
『スケルトン討伐:10ポイント(金貨1枚)』 『指揮官級討伐:500ポイント(騎士叙勲)』
彼らにとって、目の前の怪物は「恐怖」ではなく「経験値」と「ボーナス」に見えている。
「全軍、撮影用意!」
俺の号令――いや、攻撃命令が飛ぶ。 魔導反射板が一斉に輝いた。 太陽光を集束させた強烈な閃光が、アンデッドの軍勢を直撃する。
「ギャアアアア!」
光に弱いアンデッドたちが、煙を上げて怯む。 だが、これはただの目くらましではない。
「今だ! 映せ!」
反射板の裏側から、魔導技師たちが映像を投影する。 空中に浮かび上がったのは、巨大なアイリス女王の幻影だった。 神々しい光を纏い、剣を振りかざす巨大な女王の姿。 それは「事実」ではない。事前のスタジオ撮影で作った「特撮映像」だ。
しかし、知能の低いアンデッドや、後方にいる魔族の指揮官には、それが「神の奇跡」に見える。
「な、なんだあの巨大な魔力は!?」 「女王が……神になったとでもいうのか!?」
敵陣に動揺が走る。 ここだ。 俺は通信用の水晶に叫んだ。
「レオンハルト殿下、カットインをお願いします!」
「……やれやれ、人使いの荒い演出家だ」
森の中から、アルカディアの騎兵隊が飛び出した。 彼らは混乱して足が止まったアンデッド軍団の側面を、鋭利なナイフのように突き抜けていく。 圧倒的な速度。洗練された連携。 それは戦争というより、美しい舞踏だった。
「見よ! あれがアルカディアの蒼き疾風だ!」
俺は拡声器で叫び、その光景を後方の王都に中継させた。 Show, Don't Tell. 「我々は強い」と説明するな。「敵がゴミのように蹴散らされる様」を見せろ。
アンデッド軍団が崩壊していく。 その光景を見たエルデナの義勇兵たちが、堰を切ったように突撃を開始した。
「ポイント稼ぎの時間だあああ!」 「俺の手柄を奪うな!」
恐怖は完全に払拭された。 そこにあるのは、熱狂的な「イベント攻略」の風景だった。
「……信じられん」
本陣で指揮を執っていた古参の将軍が、双眼鏡を落とした。
「あの無敵を誇った魔王軍が、たった一撃で……」
「無敵というブランドが剥がれ落ちただけですよ」
俺は冷ややかに言った。
「彼らは『恐怖』を売りにしていた。だから、それを上回る『演出』で恐怖を無効化すれば、ただの腐った肉の塊に戻る。……これがマーケティングの力です」
だが、これはまだ前座に過ぎない。 俺の狙いは、敵将ヴォルグへの精神攻撃だ。
「さあ、噂を流せ。『ヴォルグ軍がわざと負けた』とな」
俺は通信兵に命じた。
「『ヴォルグはアルカディア軍を通すために、わざと陣形を崩した』。その情報を、魔王軍の通信網にハッキングして流し込め」
戦場の混乱に乗じて、偽情報ウイルスを注入する。 これでヴォルグは、味方であるはずの魔王軍本隊からも攻撃されることになる。
「性格が悪いな、お前」
いつの間にか戻ってきたレオンハルトが、返り血を拭いながら俺を見下ろした。
「ありがとうございます。ベストセラーのためなら、悪魔に魂だって売りますよ」
俺は戦場を見渡した。 第一幕、クライマックス。 読者の掴みは上々だ。
「さて、次は『感動の再会』シーンでも撮りましょうか」
俺はアイリスに向かって合図を送った。 彼女は剣を掲げ、勝利の雄叫びを上げる。 その背後で、夕日が彼女を神々しく照らし出していた。




