第7章:悪役令嬢のDNA
軍議の間には、腐った脂の匂いが充満していた。 それは比喩ではなく、実際に、肥え太った貴族たちが昼間から酒と肉を貪っている物理的な悪臭だった。
「アイリス様も物好きなことよ。隣国の王子に身を売ってまで、この負け戦を続けようとは」 「我々は領地に戻り、防備を固めるべきだ。王都など、くれてやればよい」
そうのたまうのは、先代の王の時代から実権を握る、保守派の大貴族たちだ。 彼らは私兵を囲い込み、王都防衛のための物資を横流ししていた。 企業の倒産を早める、典型的な「抵抗勢力」だ。
扉が乱暴に開け放たれる。 入ってきたのは、俺とアイリス、そしてレオンハルト王子。さらにその後ろには、武装した「義勇兵」の若者たちが続いた。
「な、なんだ貴様らは! ここは貴族の神聖な……」
「黙れ」
アイリスの一喝が、広間の空気を凍りつかせた。 彼女はドレスの裾を翻し、テーブルの上の料理を蹴り飛ばした。 ガシャン、と銀食器が床に散らばる音。 脂ぎった肉が、貴族の顔に張り付く。
「ぶ、無礼な! 女王といえど許されんぞ!」
「許し? 誰に乞うつもりだ?」
アイリスは冷ややかな目で貴族を見下ろした。 その表情には、もはや迷いはない。そこにあるのは、俺がリクエストした通りの「悪役令嬢」の顔だった。 傲慢で、高潔で、そして徹底的に美しい「悪」。
「この国は、たった今から『実力主義』に移行した。家柄も、過去の栄光も関係ない。魔王軍と戦う意志と能力を持つ者だけが、この部屋に残る資格を持つ」
「な、何を馬鹿な……我々がいなければ、兵站はどうする!」
「兵站なら、ここにあるだろう?」
俺が前に出て、書類の束を提示した。
「あなた方が横領していた軍資金の隠し場所、裏帳簿、すべて調査済みです。これを没収し、正規軍および義勇軍の報酬に充てます」
「き、貴様ぁ! どこの馬の骨とも知れぬ若造が!」
貴族の一人が剣に手をかけた瞬間、銀色の閃光が走った。 レオンハルトだ。 彼が抜刀した様子すら見えなかったが、貴族の剣帯は切り裂かれ、剣が床に落ちていた。
「……私の婚約者に剣を向けるか。アルカディアへの宣戦布告と受け取るが?」
レオンハルトの殺気に、貴族たちは腰を抜かして座り込んだ。
「ひ、ひぃぃ……」
アイリスは、彼らに侮蔑の視線すら向けず、背を向けた。
「追放よ。あなたたちの領地と私兵は、すべて国が接収する。……文句があるなら、『ざまぁ』系の小説でも書いて、余生を過ごしなさい」
俺が教え込んだ決め台詞。 貴族たちが衛兵に引きずり出されていく中、部屋に残った若手将校たちの目が輝いているのが見えた。
「すごい……本当に追い出したぞ」 「これなら、俺たちも正当に評価されるかもしれない」
俺はアイリスに目配せを送った。 彼女は小さく頷き、若手将校たちに向き直る。
「聞け! ここにある空席は、お前たちのものだ。血統ではなく、流した血と汗の量で、その席を勝ち取れ!」
「はっ! 女王陛下万歳!」
広間に熱気が満ちる。 腐敗した組織が、一瞬にして風通しの良いベンチャー企業へと生まれ変わった瞬間だった。
「……『ざまぁ』の意味はよくわかりませんが、スッキリしました」
廊下に出たアイリスが、小さく息を吐く。
「カタルシスですよ。読者(国民)は、無能な権力者が断罪される展開が大好物なんです。これで支持率はさらに跳ね上がります」
「でも、これで後戻りはできなくなりました。国内の敵を排除した以上、次は……」
「ええ。外の敵です」
俺は窓の外、王都の北に広がる平原を見た。 そこには、土煙を上げて迫る、魔王軍の先鋒部隊が見えていた。
「開演の時間だ。行きましょう、陛下。『3日で終わる戦争』の始まりです」




