第6章:エンジンとしてのキャラクター
「……吐きそうです」
作戦会議室に戻るなり、アイリスはその場に崩れ落ちた。 顔色は青白く、指先は小刻みに震えている。さっきまでの凛とした「氷の女王」の面影はない。
「よくやりました、陛下。演技賞ものです」
俺は水を差し出したが、彼女は首を横に振った。
「演技ではありません。怖かったのです。あんな……国民を騙すような真似をして。私は、彼らの純粋な期待を利用しているだけではないですか?」
彼女の声は湿っていた。 これが、彼女の「弱さ」であり、同時に最大の「魅力」でもある。 真面目すぎるのだ。
「騙してはいません。演出しただけです」
「言葉遊びはやめてください、クジョウ! 私は……私は、父王のような立派な王にはなれない。嘘をつくたびに、胸が張り裂けそうになる」
彼女は自身の胸元を強く握りしめた。 その爪が、皮膚に食い込んでいるのが見て取れる。 俺はため息をつき、彼女の前にしゃがみ込んだ。目線を合わせる。
「陛下。あなたは『立派な王』とは何だと思いますか?」
「それは……清廉潔白で、常に正しく、民に安心を与える存在です」
「違いますね」
俺はバッサリと切り捨てた。
「それは『退屈な王』です。今の時代、そんな完成されたキャラクターは流行りません」
「流行る、流行らないの問題ではありません!」
「いいえ、大問題です。国民は、あなたの『正しさ』についてきているのではありません。あなたの『必死さ』に共感しているのです」
俺は、先ほどの演説の最中に集計した、水晶通信網のコメントログ(魔力念写された文字の羅列)を見せた。
『女王陛下、手が震えてたぞ。それでも立ってた』 『あんな細い体で、俺たちのために頭を下げてくれたんだ』 『俺もやるしかない。陛下だけに背負わせるな』
アイリスが目を見開いて、その文字を追う。
「完全無欠のスーパーヒーローなんて、誰も信用しませんよ。手が震えていてもいい。嘘をついている自責の念に押し潰されそうでもいい。それでも、足を踏み出して戦おうとするその『葛藤』こそが、キャラクターに命を吹き込むんです」
俺は立ち上がり、窓の外の赤く染まる空を指差した。
「あなたの弱さは、武器になります。あなたが恐怖と戦う姿を見せることで、国民もまた、自らの恐怖と戦う勇気を持てる。……完璧である必要はない。ただ、誰よりも『人間臭い王』であってください」
アイリスは、しばらくログを見つめていた。 やがて、彼女はゆっくりと立ち上がる。その瞳から、迷いの色は消えていない。だが、その揺らぎごと受け入れるような、深い光が宿り始めていた。
「……あなたは、残酷な編集者ですね」
「最高の褒め言葉です」
「わかりました。この震えも、恐怖も、すべて物語の糧にしましょう。……で、次は何をさせればいいのですか?」
「次は、身内の掃除です」
俺は机の上に、数枚の報告書を叩きつけた。
「我が軍の士気が上がらない本当の理由。それは、魔王軍の強さではなく、内部の『老害』たちによる中間搾取です」




