第5章:契約結婚のアルゴリズム
愛などという不確かな感情で、国家間の同盟が結べるわけがない。 俺たちがこれから演じるのは、ロマンスではない。 互いの利益を最大化するための、冷徹な「商談」だ。
王城のバルコニーへの扉が開かれる直前、俺はアイリス女王の耳元で囁いた。
「いいですか、陛下。絶対に微笑まないでください」
「……え? 国民に向けた婚約発表なのですよ? 笑顔を見せるべきでは……」
「逆です。今のトレンドは『氷の女王』と『冷徹な王子』の、緊張感あるカップリングです。ヘラヘラ笑うのは、安っぽい三流ラブコメだけでいい。今は『この二人が手を組めば、魔王すら殺せる』という畏怖(ブランド力)を植え付けるのです」
アイリスはゴクリと喉を鳴らすと、硬い表情で頷いた。 隣には、アルカディアの第一王子レオンハルトが立っている。彼は不機嫌そうに、しかし完璧な姿勢で軍服の襟を正した。
「宰相クジョウ。私の顔をダシに使うのだから、その分の働きはしてもらうぞ」
「もちろんです。殿下の『冷酷非道』というパブリックイメージ、私が『クールで頼れる指導者』へとリブランディングしてみせましょう」
扉が開く。 バルコニーに出た瞬間、眼下の広場を埋め尽くした民衆から、割れんばかりの歓声――いや、どよめきが上がった。
午後の日差しが、二人の姿を照らし出す。 豪奢なドレスを捨て、動きやすい軍装風の衣装を纏った女王アイリス。 隣には、大国アルカディアの象徴である蒼穹のマントを羽織ったレオンハルト。
視覚的なインパクトは完璧だ。 「守られる姫」ではなく「戦う女王」。 「助けに来た王子」ではなく「共闘する盟友」。
俺は舞台袖で指を鳴らし、待機させていた魔導技師に合図を送る。 巨大な水晶板に、二人の姿が大写しになった。
「聞け! エルデナの民よ!」
レオンハルトの声が、魔導拡声器を通して広場に轟く。その声には、有無を言わせぬ強制力があった。
「私は慈悲でここに来たのではない。貴公らの女王、アイリスとの『契約』に基づき、魔王軍を殲滅しに来た!」
「契約……?」 「愛の告白じゃないのか?」
民衆のざわめきが波及する。 そこで、アイリスが一歩前に出る。俺の指示通り、彼女は一切笑わない。その瞳には、氷のような決意だけが宿っている。
「私の命、私の王位、そして私の生涯を、レオンハルト殿下に預ける。その代償として、彼は剣を貸してくれる。……これは愛ではない。救国のための取引だ」
言い切った瞬間、広場が静まり返った。 あまりにもドライで、あまりにも悲壮な宣言。 だが、その3秒後。 爆発的な歓声が巻き起こった。
「うおおおおお!」 「女王陛下万歳! アルカディア万歳!」 「すげえ、本気だ……あの人たちは本気で魔王を殺す気だ!」
俺は手元の羊皮紙に素早くメモを取る。 【KPI達成率:120%】 甘い言葉よりも、リアリティのある覚悟。 現代の読者(国民)は、作り物の「幸せ」よりも、ヒリつくような「共犯関係」に萌えるのだ。
「……計算通りですね」
俺の隣で、レオンハルトの側近が呆れたように呟く。
「ええ。これで『溺愛』というキーワードへの布石が打てました」
「溺愛? これのどこがですか?」
「今はただの契約です。だからこそ、今後ふとした瞬間に彼らが視線を交わしたり、互いを守ったりするだけで、国民は勝手に『本当の愛』を妄想し、熱狂する。これを『ギャップ萌えの供給』と言います」
俺はバルコニーの二人を見上げた。 レオンハルトが、ふとアイリスの腰に手を回した。 アイリスが一瞬ビクリと肩を震わせ、しかし拒まずに彼を見上げる。 その一瞬の「隙」を、水晶板のカメラは逃さなかった。
広場の女性陣から、黄色い悲鳴が上がる。 完璧だ。 これで、エルデナ国というコンテンツに「ロマンス」という強力なタグが追加された。 次は、この熱狂を「戦力」に変換するフェーズだ。




