第4章:レッドオーシャンからの脱却
アルカディア王国からの使者は、予想通りの人物だった。 第一王子、レオンハルト。 金の髪に氷のような青い瞳。長身痩躯だが、その身のこなしには無駄がなく、鍛え上げられた武人特有のオーラを纏っている。 そして何より、その目が「値踏み」をしていた。
謁見の間。 煤けた玉座には、泥を落とし、しかしあえて簡素な軍服風のドレスを身に纏ったアイリスが座っている。俺はその傍らに控えた。
「……単刀直入に言おう」
レオンハルトは、挨拶もそこそこに切り出した。その声は冷ややかで、感情の起伏を感じさせない。
「貴国の提案には驚かされた。我が国を防波堤として利用する代わりに、女王自らを担保に差し出すとは。……狂気の沙汰か、あるいは余程の策士がいるか」
彼の視線が、鋭く俺を射抜く。 バレている。まあ、当然か。女王一人で考えつく策ではないことは明白だ。
「お褒めに預かり光栄です、レオンハルト殿下」
俺は一歩前に出て、慇懃に礼をした。
「我が国の宰相、クジョウと申します」
「宰相? 聞いたことのない名だな。まあいい。私が来たのは、その提案の実効性を確かめるためだ」
レオンハルトは羊皮紙を振ってみせた。
「『3日で戦争を終わらせる』と書いてある。我が軍の精鋭を貸し出したとしても、あの魔王軍の規模相手に、3日で決着をつけるなど物理的に不可能だ。嘘をつくなら、もう少しマシな数字を書くべきだったな」
「物理的な戦争なら、そうでしょうね」
俺は涼しい顔で答えた。
「ですが、我々が仕掛けるのは『情報戦』です。正面からの衝突は『レッドオーシャン(血みどろの海)』だ。消耗戦にしかならない。我々は、敵が戦力を集中させている正面を避け、ガラ空きの『裏口』から勝利を掠め取る」
「裏口?」
「魔王軍の指揮系統です」
俺は懐から、一枚の地図を取り出した。そこには、魔王軍の布陣が詳細に記されているが、奇妙な印がつけられていた。
「魔王軍は、強力なトップダウン組織です。魔王の恐怖によって統率されている。逆に言えば、トップの権威が揺らげば、組織全体が崩壊する脆さを持っている」
「それがどうした。魔王の首を取るなど、それこそ不可能だ」
「首を取る必要はありません。『信用』を失墜させればいい」
俺はニヤリと笑った。
「王子。あなたは、魔王軍の中で『誰が一番出世しているか』をご存知ですか?」
「……なに?」
「四天王の一人、死霊使いのヴォルグです。彼は今回の侵攻で最大の戦果を上げている。では、他の四天王はどう思っているでしょう?」
「嫉妬、か?」
「ええ。そして『焦り』です。組織において、特定の部署だけが成果を上げすぎると、他部署は足を引っ張りたくなる。これは人間も魔族も変わりません」
俺は指をパチンと鳴らした。 影から、数人の密偵が現れる。彼らは、俺が事前に放っておいた「噂話のプロ」たちだ。
「我々は、魔王軍の陣営に、ある『フェイクニュース』を流しました。『ヴォルグが人間と内通している』。『彼は魔王を裏切り、自らが王になろうとしている』と」
レオンハルトが鼻で笑う。
「そんな子供騙しが通じるか」
「通じますよ。なぜなら、その証拠となる『偽造文書』を、わざとヴォルグの陣営で『発見』させたからです。そして、その文書には、ヴォルグがアルカディア王国と密約を交わしたと記してある」
レオンハルトの目が大きく見開かれた。
「貴様……! 我が国の名前を勝手に使ったのか!」
「ええ。だからこそ、あなたに来ていただいたのです。この嘘を『真実』にするために」
俺は一歩踏み込み、王子の目を真っ直ぐに見つめた。
「ヴォルグは疑心暗鬼に陥り、他の四天王からの攻撃を警戒して、進軍を止めるでしょう。その隙に、我が軍と貴国の軍で、孤立したヴォルグ軍を包囲殲滅する。敵の内部抗争を利用し、各個撃破する。これが『3日で終わる』カラクリです」
レオンハルトは沈黙した。 頭の中で高速で計算しているのがわかる。リスク、リターン、そして実現可能性。
「……ヴォルグが潰れれば、魔王軍の戦力は3割減る。その上で、内部不信が広がれば、当面の間、大規模な侵攻は不可能になる」
「その通りです。貴国は、最小の出費で、最大の安全保障を得られる。そして、勝利の暁には、我が女王アイリスとの婚約を発表し、この国の復興利権を一手に握ることができる」
俺はアイリスの方を振り返った。 彼女は緊張した面持ちで、しかし毅然と頷いた。
「レオンハルト殿下。私は、この身を飾りの人形にするつもりはありません。共に戦い、共に利益を分かち合うパートナーとして、あなたと手を組みたい」
レオンハルトは、しばらくアイリスを見つめ、それから俺を見て、最後に深くため息をついた。
「……呆れたな。国を救うために、敵も味方も、そして自分自身さえも『駒』として利用するか」
彼の口元に、微かな笑みが浮かんだ。 それは嘲笑ではなく、共犯者の笑みだった。
「いいだろう。その『物語』、一口乗ろう。ただし、もし3日で終わらなければ……その首、私が貰い受けるぞ、宰相クジョウ」
「ご安心を。ベストセラー作家は、締め切りを破りません」
俺は深く頭を下げた。 契約成立。
これで、舞台は整った。 役者は揃い、資金は調達し、脚本は書き上がった。 あとは、最高の上演を演じるだけだ。
「総員、配置につけ! これより反転攻勢を開始する!」
アイリスの号令が、広間に響き渡る。 死に体の三流小説が、世界を揺るがす大作へと生まれ変わる瞬間だった。




