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亡国の編集者 〜赤字国家をベストセラーに変えるマーケティング戦略〜  作者: もしものべりすと


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第3章:発見のエンジン

「――聞こえますか、エルデナの民よ」


水晶板の映像が乱れ、ノイズが走る。 広場の民衆が、ざわめきながら空を見上げる。いつもなら王家の紋章が表示されるだけの無機質な画面に、今日は違和感があった。


映像は、手ブレしていた。 まるで、戦場の最前線にいる兵士が、隠し持ったカメラで撮影しているかのような、生々しい揺れ。 そこに映し出されたのは、玉座に座る女王ではない。 瓦礫の山の上に立ち、煤と泥にまみれた、一人の少女だった。


「女王陛下だ……」 「あんなお姿で……」


民衆の間に動揺が走る。 画面の中のアイリスは、肩で息をしながら、しかし力強い瞳でレンズ(国民)を見据えていた。


「私は逃げない。王都を捨てない。最後の一人になっても、この瓦礫の上で剣を振るう」


彼女の声は、いつもの演説のような朗々としたものではない。 低く、掠れ、しかし腹の底から響くような「生の声」だった。 俺が演出指導した通りだ。「公人の言葉」ではなく「個人の叫び」こそが、SNS時代の拡散力を生む。


「魔王軍は、我々の恐怖を糧にしている。ならば、我々は希望を糧にしよう。……明日、正午。私は前線に出る。共に立ち上がる者は、広場に集え」


映像がプツリと切れる。 静寂。 そして、爆発的なざわめき。


「嘘だろ、女王が前線に?」 「俺たちを見捨てて逃げる準備をしてるんじゃなかったのか?」 「あの目は本気だぞ……」


俺はバルコニーの陰から、その反応リアクションを観察していた。 横にいるアイリスは、演技を終えてガクガクと震えている。


「うう……あんな大見得を切ってしまって……本当に大丈夫なのですか?」


「上出来だ。今ので、国民の『認識』が変わった。『守られるべき哀れな国』から、『共に戦うべき熱い物語』へと、ジャンルが移行したんだ」


俺は手元の羊皮紙――この世界のSNSとも言える「噂話拡散ネットワーク」の分析シート――をチェックした。 酒場、井戸端、市場。主要な情報ハブ(インフルエンサー)を通じて、今の映像の話題は瞬く間に拡散されるだろう。


「これが『バズ・マーケティング』だ。口コミは光の速さで伝播する。特に、『意外性』と『感動』がセットになった情報はな」


「ですが、明日の正午に前線へ出るなんて……兵士もいないのにどうするのですか?」


「兵士なら、これから集まる」


俺は広場の隅を指差した。 そこには、すでに数人の若者が、錆びた剣や農具を手に集まり始めていた。


「彼らは『なろう系』の読者層と同じだ。現状に不満を持ち、何かで一発逆転したいと願っている。だが、正規軍の厳しい訓練や規律は嫌う(タイパが悪いから)。だから、こう囁くんだ。『今なら、誰でも英雄になれる。身分不問、成果主義、即日報酬あり』と」


「……傭兵、ということですか?」


「いや、『ギルド制』の導入だ。クエストを細分化し、魔物を一匹倒すごとに報酬を出す。それを水晶板でリアルタイムにランキング表示する。承認欲求と実益を同時に満たすゲーミフィケーションだ」


俺はアイリスに不敵な笑みを向けた。


「人間は、国のためには死ねない。だが、ランキング1位のためなら、徹夜も辞さない生き物なんだよ」


その時、空からけたたましい鳴き声が響いた。 巨大な鷲――グリフォンだ。 その脚には、アルカディア王国の紋章が入った筒が握られている。


「来たか」


俺は空を見上げた。 計算通りだ。隣国の王子は、俺たちの「物語」に食いついた。


「陛下、着替えてください。次は『外交交渉』という名の編集会議だ」


俺はグリフォンが舞い降りる中庭へと急いだ。 ここからが正念場だ。 赤字国家の再建、その第一弾となる大型増資(援軍要請)を、何としても成功させなければならない。


物語はまだ、プロローグを終えたばかりだ。

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