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亡国の編集者 〜赤字国家をベストセラーに変えるマーケティング戦略〜  作者: もしものべりすと


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第2章:ターゲットのプロファイリング

「却下だ」


俺が口述し、文官が書き上げた手紙を一読して、俺はその羊皮紙を破り捨てた。 文官が悲鳴を上げる。


「な、なぜですか! 『我が国の窮状を訴え、古き盟約に基づき、正義の剣を……』と、非常に格調高い文章ではありませんか!」


「だから駄目なんだ」


俺は眉間を揉んだ。 この世界の人間は、文章を「芸術」か「儀礼」だと勘違いしている。 ビジネス文書、ましてやセールスレターにおいて、格調高さなど二の次だ。重要なのは「コンバージョン(成約)」するかどうか。それだけだ。


「いいか。読みターゲットを想像しろ。プロファイリングだ」


俺はホワイトボードの代わりに、壁に木炭で文字を書き始めた。


【ターゲット:アルカディア王国・第一王子レオンハルト】


年齢: 20代前半


性格: 合理主義者、冷徹、実力主義(事前の情報収集による)


抱えている課題ペインポイント: * 自国内の貴族派との権力争い


魔王軍の南下に対する潜在的脅威


「正義」や「情」では動かない国民世論


「相手は合理主義の塊だ。そんな人間に『昔のよしみで助けて』と泣きついても、『スパムメール』として処理されるのが落ちだ。彼に必要なのは、感情に訴える物語ではなく、数字に裏付けされたメリットだ」


俺は新しい羊皮紙を手に取り、自らペンを走らせた。 現代のビジネスメールの作法と、ラノベの「引き」を融合させる。


件名:【緊急提案】魔王軍侵攻における貴国の防衛コスト削減と、エルデナ女王の身柄に関する独占的パートナーシップについて


書き出しはこうだ。


「……身柄に関する、独占的パートナーシップ?」


覗き込んだアイリス女王が、引きつった声を出した。


「これは一種の『タイトル詐欺』スレスレのテクニックです。ですが、嘘は言っていません。内容はこう続けます」


俺はペンを走らせながら解説する。


1現状分析(The Problem): エルデナが陥落した場合、アルカディアは魔王軍と直接国境を接することになり、防衛費は現在の3倍(具体的な試算値を提示)に跳ね上がる。


2解決策(The Solution): エルデナを「緩衝地帯バッファーゾーン」として維持する方が、コストパフォーマンスが良い。


3付加価値(USP): 支援の見返りとして、エルデナ女王アイリスとの婚姻関係を結ぶことで、貴国はエルデナの希少資源(魔石鉱脈)の優先採掘権を得られる。


4オファー(Closing): これは「求婚」ではなく「合併(M&A)」の提案である。


「……私が、商品というわけですね」


アイリスがポツリと呟く。その声には、怒りよりも諦めが滲んでいた。 俺は手を止め、彼女の目を見た。


「不服か?」


「……いいえ。国が救えるなら、この身など安いものです。ただ、あなたは『物語』と言った。これは物語というより、人身売買の契約書に見えます」


「甘いな」


俺はニヤリと笑った。


「これは『セットアップ』だ。ロマンス小説における、第一幕の終わり。読者(アルカディア王子)は、このドライで損得勘定だけの提案に、逆に興味を持つ。『没落寸前の女王が、泣きつくどころか、対等なビジネスパートナーとして交渉を持ちかけてきた』。この意外性が、キャラクターの魅力を引き立てる」


俺は書き上げた手紙を丁寧に折りたたんだ。


「それに、勘違いするな。俺はあんたを安売りするつもりはない。これは『限定版商法』だ。『今なら特典として女王がついてくる』のではない。『この危機的状況でしか手に入らない、稀代の女傑』としてあんたをブランディングする」


アイリスの瞳が、わずかに揺れた。


「女傑……私が?」


「そうだ。あんたはただ守られるだけの姫じゃない。自らの価値を理解し、国のためにそれを切り札として使える政治家だ。……そういうキャラ設定で行く」


俺は封蝋を垂らし、王家の紋章を押した。


「これを最速の早馬――いや、伝書グリフォンで送れ。開封率は100%を保証する」


手紙が王子の元へ届くまでの間、俺たちは次の手を打つ必要があった。 国内の意識改革だ。


「さて、次は国民(読者)へのプロモーションだ。今のままでは、国民の士気(レビュー評価)が低すぎる」


俺たちは王城のバルコニーに出た。 眼下には、避難民でごった返す王都の広場が見える。不安、恐怖、そして王家への不満が、澱んだ空気となって漂っていた。


「彼らに何を語ればいいのですか? 『頑張れ』という言葉は、もう聞き飽きられています」


「ああ、精神論はもう通じない。必要なのは『エンタメ』だ」


「戦争中に、エンタメですか?」


「戦争中だからこそ、だ」


俺は広場の隅に設置された、巨大な水晶板を指差した。 あれは「魔導放送」のための装置だ。通常は、王の勅命や緊急警報を伝えるために使われる。現代で言えば、街頭ビジョンとスマホの通知を兼ねたようなものだ。


「あれを使う。全チャンネルジャックだ」


「何を放送する気ですか?」


俺は懐から、一枚の紙を取り出した。そこには、俺が先ほど走り書きしたプロットが書かれている。


「モキュメンタリー(擬似ドキュメンタリー)だ。タイトルは『変な戦場』」


「……はい?」


「ただの悲惨な戦場映像じゃない。国民に『当事者意識(没入感)』を持たせるための、計算されたホラー映像を流す。そして、その絶望の淵に、一筋の光――『新しいヒーロー』を登場させる」


俺はアイリスを見た。


「あんただよ、女王陛下。あんたが、この国のセンターに立つアイドルだ。ただし、清純派じゃない。泥にまみれ、剣を取り、民と共に戦う『ジャンヌ・ダルク』型のヒロインに、今からモデルチェンジしてもらう」


「私が……戦場に?」


「演技でいい。背景バックドロップは合成する。重要なのは『絵作り(クリエイティブ)』だ」


俺は彼女の綺麗なドレスの裾を掴み、ビリリと引き裂いた。


「あっ!」


「綺麗すぎる。リアリティがない。髪も乱せ。顔に泥を塗れ。……そうだ、その目だ。その『何をするんだ』という怒りの目、それが欲しかった」


俺は満足げに頷いた。


「さあ、カメラ(映写魔法具)を回せ。ショータイムの始まりだ」

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