『夕焼けに遊ぶ』【5】別れの予感 完結
これまで寄り添い合ってきた二人の少女に、静かに訪れる変化を描きました。友情の温かさの中に、ほんの少しの切なさを忍ばせて読んでいただければと思います。
【5】別れの予感 完結
五月が学校を休んでいた。その理由が分からず、美咲は何をやっても集中できない。
部活に行っても走る気になれなかった。顧問の先生が声をかける。
「美咲、元気を出せ。トラックを一周すれば気持ちが変わる。行ってこい」
美咲はゆっくりと走り出した。懸命に走る。止まれば無力感に押し潰されそうだった。
「先生、今日は帰ります」
「分かった。無理をしなくてもいい」
帰り道、美咲は下を向いて歩いていた。道に落ちていた小石を蹴ると、坂道の溝に落ちてコロコロと転がっていく。慌てて追いかけて拾い上げた小石の転がり方が、まるで自分自身のように感じられた。美咲はその石をそっと道路脇に置いた。
家に帰ると文ちゃんが声をかけた。
「元気ないね、どうしたの?」
「なんでもない。疲れただけ」
そう答えて二階に上がり、窓を開けて椅子に座り込んだ。
――五月が学校を休んで、もう一週間。
木曜の午後三時、郵便配達の姿が見えた。郵便受けを開けると、五月の文字が目に飛び込んできた。
急いで二階に駆け上がり、封を開けた。便箋には、整った文字が並んでいた。
『美咲さん、お元気ですか。連絡もせず消えてしまってごめんなさい。
私は小樽に来ています。父の船が遭難したとの知らせを受けて駆けつけました。
おばあさんは病気で来られず、父はいまだに消息不明のままです。
もう一週間が過ぎました。
一度帰ろうと思います。
美咲さんと一緒に、阿弥陀様にお会いしたい。私の心を落ち着けてください。』
二日後、五月が帰ってきた。
「美咲、満願寺に行きたい。もう用意してきたの」
二人でお母さんに電話をすると、
『お待ちしております』
との返事があった。
「今から行こうか?」
バス停から坂道を上り、阿弥陀堂に辿り着いた。
美咲は阿弥陀様の前に座り、静かに目を閉じて手を合わせた。その表情は厳しかった。
五月も長い間、目を閉じて祈っていた。やがて涙が頬を伝い、スーッと落ちた。もう一筋流れた時、突然声を上げて泣き出した。
驚いた妙蓮は急いでそばに寄り、優しく抱き寄せた。五月は長い間泣き続け、涙が尽きたころ、妙蓮の胸に顔を埋めたままじっとしていた。やがて涙を拭い、かすれた声で語り始めた。
「母が亡くなり、父も漁連から消息不明でもう無理かもしれないと言われました。
おばあさんは高齢で、施設に入ることになるそうです。
今、どうすればいいのか分からなくなり、阿弥陀様に問いかけました」
「返事はありましたか」
「長く祈っていたら、阿弥陀様が手を差し伸べられました。私はその手を取り、立ち上がろうとしました。……でも、その手を放しました」
五月は深く息を吸い込み、微笑んだ。
「妙蓮さんに抱きしめていただいて、心が落ち着きました。ありがとうございます」
「美咲、これからも友達でいてね」
「もちろん、OKだよ」
二人は鐘楼の横に並び、夕焼けを見つめた。山並みは赤く染まり、空には美しいグラデーションが広がっている。やがて一番星が姿を見せ、空の端にはまだ青が残っていた。
二人で手を広げたが、空を飛ぶことはできなかった。
「やっぱり夢じゃないと無理だね」
顔を見合わせ、二人は笑った。
その夜は布団に入ると、すぐに眠りについた。
――気がつくと、満願寺の鐘楼の横に立っていた。山々は金色に輝き、木々も同じ光に包まれている。
鐘楼の石段に五月が座っていた。美咲が手招きすると、五月は隣に立った。二人で両手を広げ、上下に動かすと、身体が浮かび上がる。
二人は並んで山に向かって飛んだ。金色の雲を抜け、眩しさを避けるように湯川に沿って進む。美咲は五月の後を追った。温泉街を過ぎ、渓谷は深まり、岩肌はまるで大きな口を開けたように見えた。
「危ない!」
美咲が叫ぶ間もなく、五月は岩の影を空間と錯覚し、その中へ吸い込まれるように落ちていった。
必死に探したが、見つからない。
美咲は満願寺へ戻り、鐘を突いた。
「五月に届け!」
鐘を突き続け、涙が溢れた。
その瞬間、美咲はガバッと起き上がった。隣には五月の姿がない。
大声で泣きながら母の寝室へ走った。
「どうしたの?」
「五月が……いない!」
阿弥陀堂へ駆けつけると、五月は阿弥陀様の前で横になっていた。
「五月、五月!」
揺り起こすと、すぐに医者が呼ばれた。
「残念ですが、心筋梗塞です。心労があったのではないですか?」
朝焼けの空から差し込む光が、静かに五月を包んだ。
長い夜が、ようやく明けた。
夕焼けを分かち合う時間は永遠ではなく、だからこそ美しく心に残るのかもしれません。 最後までお読みいただきありがとうございました。
次のお話では、その先に広がる新たな景色を描いていきたいと思います。