第十九話 花の少女の記憶
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私は父と母の三人でイヴァンに暮らしていた。
当時、ドラゴン同士の縄張り争いが頻発し、親を亡くした子ドラゴンが大量に保護されたことがあった。すぐに子ドラゴンの里親を探しているという噂が広まって、それを聞いた私が駄々を捏ねたのか、両親が無理矢理連れて行ったのか忘れてしまったが、私は両親と共に保護施設へ足を運んだ。
そこには大小様々な檻が置かれていたが、大半の檻は既に空っぽになっていた。というのも、こんな事件が起きるのは稀な事で、私達が施設へ訪れるのが知らされてから遅れていたこともあり、大半のドラゴンは既に里親が見つかっていた。その中で一際小さな檻の中にいた、言ってしまえば売れ残りだったドラゴンがネルだった。売れ残ってしまった原因は当時のネルがこの中で一番小柄でユニークを持っていなかったからだと思う。
最近はこの考え方はなくなりつつあるが、当時のドラゴンの用途は一つだけで、霊獣契約による戦力化だった。ドラゴンは基本進化して強力なユニークを覚える。しかもその種類は桁外れに多い。契約せずにただの友達として接する物好きなんて少数で、そのうちの一人が私だった。『わたしはあんしあ、あなたは?』ネルに話しかける私にお父さんは名前をつけてあげなさいって言った。この日からネルはネルになった。それからはネルと一緒に遊ぶようになった。毎日時間を忘れ町中を探検したり、少し離れた森へ入ってみたり、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
三年後、天災が起きる。後に竜神の赫怒と呼ばれる。とある悪党が、この辺りに伝説として伝わっていた"竜神様"を呼び起こそうとしたらしい。嘘みたいな話だけど実際に竜神様は現れて、その日から各地のドラゴンが凶暴化するようになった。事態は簡単には収まらず被害は波紋のように広がった。
ある日、冒険者の人達がやってきた。凶暴化の原因を突き止め、解決する事に協力してほしいという誘いだった。当時のイヴァンには冒険者ギルドが作られていなくて冒険者はおらず、その代わりに町を守護する衛兵さん達が原因解明の為に町を出ていった。父は正義感が強く腕も立つ優しい衛兵だった。
父が出ていってから少し経ち、天災はあっけなく終わった。
一人の青年が竜神様を宥めて再び封印したらしい。父が帰ってきた。医療所にいると聞いて急いで向かった。横たわる父の姿を見るのは苦痛だった。これまでに前例のない症状らしく、死んではいないが意識が戻る可能性は少ないとお医者さんは言った。
医療所へ父を残して家へ帰った。当時は何が起きていたかよく理解できてなかった。だから家に着いて母に何が起きたのか聞いた。『お父さんはなんで寝ているの?いつ帰ってくる?』でも私には分かることが少なかった。だから聞いた。母は、初めはちゃんと答えてくれたがだんだんと声が小さくなり、俯いて呟いた。
『私一人でこの子を育てられる?私は...本当の親じゃないのに...。』
私は逃げ出してしまった。私は二人の本当の子じゃないんだって、母の言葉を信じたくなくてがむしゃらに走った。どれほど走ったのか分からないが、少し疲れを感じ始めて我に返った。周りを見渡しても建物がない。どうやら森へ迷い込んでしまったらしい。どの方向から来たのか、走っている最中の記憶がモヤがかかったように思い出せない。一人ぼっちで森の中を彷徨っていると聞き慣れた音が聞こえた。ネルが飛んでいる時は一生懸命に羽ばたいている音がする。ネルが私の肩に乗っかった。些細なことだと思うかもしれないが、この行動がどれほど私に勇気を与えてくれるか計り知れない。『ネルは私と一緒にいてくれる?』『もちろん!』これは私が言ったがそう思ってくれてると嬉しい。
出口を求めて歩き回ったが、出口へ近づけているのか遠ざかっているのか分からないまま体力だけを消耗して、その場にへたりこんでしまった。まだ昼過ぎだと思っていたが、差し込む木漏れ日が消えていくのを見て日が沈み始めていることがわかった。明るい時間に森へ遊びに行く事はあったが、暗い森に入った事はない。暗くなっただけなのに突如不安が襲い足がすくんで思うように動かない。その時、ネルが私の首裏をつつき、服を引っ張った。これはネルが私をどこかへ連れて行こうとする時によく使う手法だ。私はネルを追いかけて森の中を進んだ。
木々を避けるように通り抜け、美しい花畑へとたどり着いた。
一帯に白が広がる美しい花畑。私は目を輝かせて駆け寄った。見たことのない花だった。この花には目を逸らすことが出来ない魅力があり、これを見ていると心が安らぐ気がした。『なんでこんなところ知ってるの?』一応聞いてみたが、キュウと言っただけで意味は分からない。そして、これだけ言い残してネルはどこかへ飛んでいってしまった。
ネルはどこかへ行ってしまったが私は花畑から動かなかった。ネルがそんなことしないって事は私が一番分かっているから。それに、ここでならいつまでも待っていられると思った。いつ戻ってくるか分からないし少し横になっていようかな。
花に包まれて眠ってみたいと、絵本を読んで思ったことがある。だから私は花を踏まないように花畑の中心へ向かって寝転んでみた。でも現実は絵本とは違う。寝転んでも結局花を潰してしまうだけだし、体を支えてくれるわけでもない。土の上に寝ているのとなんら変わりないが、香りや体に花が触れる感触は悪くなかった。
緊張が少しずつほぐれ、本当に寝てしまいそうになった。意識が遠のいていく最中に森の中から声が聞こえた。それは私を呼ぶ声で、こちらへと近づいてきている事が分かったが、睡魔に耐えきれず私は眠ってしまった。
『...シア、アンシア!』目を覚ますと私は母に抱きしめられていた。なぜか母は涙目でその姿を見ると私も悲しくなった。だから頭に手を伸ばして撫でてあげた。すると母はさらに泣いてしまいそうだったが、涙を堪えながら途切れ途切れに言った。『ごめん、ごめんね。怖かったよね。寂しかったよね。絶対に私が守るから、もう...悲しい思いはさせないから。』心が温かくなった。
時間は既に夕方。日は沈み切り、空は仄かに暗くなっていた。その代わり足元が光り輝いていた。『きれー!みてみてお母さん!』私は母の腕の中から抜け出して光る花々の周りを走り回った。『うん、綺麗だね。...アンシア、妖精さんみたい。』
その後、この辺りの町を一つにまとめてドラゴリニスという国が生まれた。王様は件の青年ということになった。詳しくは知らないが、竜神様に認められて半身とも言える存在を授かったからという内容の話を聞いた。それに天災後の復旧作業をひたむきに行う姿や統率力が人々にも認められ、イヴァンでもこの決定に不満のある人は少なかった。後のアルカナ王である。
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アンシアが変身したのを見て、ネルは地面へ翼をつける。すると、体に少しずつ植物の茎のようなものが巻きつき始め、最終的には鎧へ変化した。
「これは〈花鎧〉。能力は...、アンシアは自分で試す方が好きよね。あなたの好きにしなさい。」
「さすがネル!私のこと分かってる〜!ならまずは...。」
花で壁を作ってたしこの鎧も花でできてる。なら残ってるのは武器だけだけど作れるのかな。そう思って花へ触れようと花畑を近づくと、足の周りにすごい速さで花が生えてきた。
「えっ、花生えてきたよ?」
「...そんなこともあるわ。花鎧は花を操る魔法よ。」
そんなものか。ならこの花を使ってみよう!花に差し伸べるように手を伸ばす。あの核を壊せるほど強い武器を出さないとダメか。強いと言えばイグニさん。イグニさんと言えば大剣!よし、大剣をイメージして...。『アンシア、もう少し簡単なものを。』あっそう、じゃあいつも使ってる短剣!『もう少し。』...えっと、貫きやすそうな細い槍とか。
「やっと出来た!しかもなんか手に馴染む!」
「花の性質を最大限に引き出して、魔力を込めてるから、強度は十分なはずよ。それをぶつけてやりなさい!」
鎧のおかげでツルの攻撃は致命傷にならずに済んでいる。それは痛みを感じても次のツルが当たる前に痛みが引いているからで、これも多分花鎧の能力なのかな?とにかく最初に近づいた時よりも簡単に安全に近づけた。槍の矛先を核へ定め、全身全霊の力で投げた。
刺さった!でも動きは止まるどころか激しくなるばかり。でも逆に考えればそれは効いてるってことだ!あとはさっきと同じように槍を作って...。二本三本と作っては投げを繰り返して、ついに魔獣の動きが鈍くなってきた。
「これでどうだ!」
計十本の槍を球体へ突き刺したところで魔獣の動きがぴたりと止まった。体のツルが解けて、ただのツルへと戻っていく。解け始めた時にはギリギリ元の形を保っていたが、解け切ってしまうと形も崩れ、重力に従って花畑の上へ降り掛かろうとしていた。
「大変!このままじゃ花が潰れちゃう!」
「〈魔手〉!」
ツルが花を潰してしまうギリギリのところで、一本残らず掴み取れた。そしてそのまま持っているとツルは粉々になって消えてしまった。
「ナイスキャッチ、セレスト...。」
「アンシア?」
アンシアから急に翼と角が消える。会話も朧げでどうみても危険な状態だ。足に力が入っていないのか、僕の方へ向かっている時に膝から崩れ落ちてしまいそうになっていた。倒れ切る前に急いで近づいてアンシアを支える。
「ははっ、なんか力抜けちゃった。ありがと...。」
声は変わらず弱々しく、言葉を交わす前にアンシアは力尽きたように目を瞑った。
「寝ちゃった?いや、それよりも魔力切れの時と似てるかも。」
「そうだな。進化をした上にどちらも慣れていない魔法を使っていた。倒れるのも無理はない。」
「なら大丈夫だよね。町に戻ろう。」
戦いの途中で急にアンシアとネルの雰囲気が変わったように感じた。多分この時に進化したのだろう。使っていた魔法も見たことなかったしネルのユニークなのかも。まあいい、後で聞けばわかることだ。僕達はアンシアとネルを慎重に抱えてイヴァンへ向かった。
「遅かったな。で、どうだった?」
「隊長の感通りでしたよ。少女の霊獣は無事進化しました。」
「だろ?俺の感は当たるんだよ。それでどこにいんだ?一緒に帰ってきたわけじゃねえみたいだけど。」
ことの経緯を説明しようとした瞬間に扉が勢いよく開く。
「よおセレスト。どうした、女の子抱えて、駆け落ちか?」
「違いますよ!この子、魔力の使いすぎで倒れちゃったみたいなんです。」
イグニはアンシアとネルを見て、何かを察したような顔をした。
「へえ?魔力切れなら寝かしときゃ治るな。貸せ、俺の家で寝かせといてやるよ。」
「本当ですか、ありがとうございます!」
イグニさんへ二人を渡すと、俺は先に帰るわ!と扉を蹴り開けて出ていった。
「...えっと、ありがとうございました。フェーゴさんがいなかったら間に合わないところでした。」
「いや、あの時伝えた通り隊長の指示に従っただけだ。何か手伝えたわけでもない。礼なら隊長へ。」
「でも、花畑を守れたのはフェーゴさんが治療してくれたおかげなので!それじゃあ僕は帰...るところないな。」
「ギルドの部屋を使えるようにしてある。そこへ泊まると良い。」
何から何までありがとうございましたと伝えて建物から出た。実は魔獣と戦っていた時にフェーゴさんは僕達を見張っていたらしい。吹き飛ばされてしまった時に傷を治療して貰い、その時に色々説明してもらった。イグニさんから僕らについて行くようという命令を受けたと聞いた。魔獣が現れても助けてくれなかったのは、ネルが進化するまでなるべく手助けはするなと言われたらしい。何故進化することが分かったんだろう。
そんなこんなで疲れ切った僕は、ギルドの部屋へ向かった。人の居ない集会所を通り、前まで使っていた部屋に入った。中を見てみると、何故か既に誰かが使用したかのような痕跡があった。そして部屋の奥、ベッドが置かれている場所から微かに寝息が聞こえた。誰か寝ている。気づかれないように足音を殺して恐る恐る近づく。暗い中で目を凝らして顔を覗き込むと、メルセナが寝ていた。うーーーん、別に椅子で良いや。少ない荷物を床に下ろし、椅子へ座って机に体を預けて眠りについた。




