第十六話 衝突
研究室へ辿り着き、今度はしっかりと入り口から入った。中へ入るなり、すぐに研究員の人へ案内された。部屋の先へ進んでいくと仰々しい機械が並ぶなかで、明らかに無理やり物を押し除けて作られたように見える空間があった。その空間の床には複雑な魔法陣が描かれている。研究員の人もここで止まったので、この魔法陣を使うのだろう。と思ったがなかなか始まらず周囲の機械を眺めていると。
「その魔法陣も関係ないことはないですけど、今回は使いません。私に着いてきてください。」
気づいたらエルガが後ろに立っていた。話を聞く限り魔法陣は使わないようで、少しがっかりしながらエルガのあとについて行った。
研究室から外へ出る扉を通り、この城の庭園へと出た。名前はわからないが、見るだけで丁寧に手入れされていることがわかる花が庭園を彩っている。そんな中、空気を読まずに設置されている謎の黒い台に目がいかないはずもなく、案の定エルガはその台に向かって歩いて行った。
「では、何故かついてきているアルカナ様。あそこの台へ乗って、獣気解放をお願いします。」
「はいはい。えー、君達もこの後同じことをするはずだからしっかり見ておくように。獣気解放"星霊竜"」
意気揚々と台の上に立ったアルカナは、なんの躊躇いもなく獣気解放をした。アルカナを中心にあたりの植物は靡き、体全身で圧を浴びる。アルカナの圧は他の人よりも重たくて、底知れない感じがした。
「で?何すればいいの?」
「可能ならば全てのユニークを使って頂きたいのですが、難しい事は分かっているで、よく使うユニークを選んで使ってもらえると助かります。」
「じゃあ...〈9.隠者〉」
魔法で作られたのは一枚の布で、作り終えるとすぐに宙に舞った。布が降りる最中に布とアルカナの姿が重なる。すると、重なった部位が徐々に見えなくなり、地面に着く頃にはアルカナの姿は完全に見えなくなった。
「アルカナが消えた?」
「消えたよ。多分こういうのが知りたいんじゃないかな。」
姿は見えないが声は確かに聞こえた。透明人間というやつだろうか。それにしてもアストラルのユニークは種類が豊富だ。こうも色々な魔法を見せられると、ずっと見てるなんて話もあながち嘘ではないのではないかと思ってしまう。もしそうなら、流石に距離を置く必要があるかもしれない。
「はい、アルカナ様の言われた通りです。体に影響がある魔法を優先的にお願いします。アルカナ様は以上です。では次にメルセナさん。こちらへ。」
アルカナはもう終わりかと言いたげな顔で台から降りた。そしてメルセナが台へと乗る。
「あぁ。獣気解放"影蜥蜴"。終わっていいなら合図してくれ。〈影〉。」
メルセナは前回同様に爬虫類チックな姿に変わった。変わってすぐにポケットからコインを取り出して足元へ落とし、ユニークを使ったメルセナは落としたコインの影へ溶ける様に吸い込まれていった。
「影蜥蜴ですね。アルカナ様の透明化とはまた違った効果で、言うなれば鏡写しになっている別の次元へと移動できる魔法。らしいですよ。」
「なるほど...。」
上手くまとめてくれたんだろうけど、それでもよく分からなかったから質問はやめておこう。エルガが台へ近づき何かを確認して満足そうに頷いた。そして『それにしてもどうやって合図を送ればいいんでしょう。』と言いながら頭の上に丸を作ったり、台に落ちたコインを動かしたりしているとエルガの影からメルセナが顔を出した。
「悪い、勝手に台から降りちまったけど大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。それでは最後にセレスト君。」
「分かりました。獣気解放"聖馬"」
メルセナはすでに台に乗っていなかったので、すぐに乗って獣気解放。ここまでは良い、問題はここからである。僕もなんだかんだどれがユニークなのか分かっていない。あの光の盾とか使ってみれば良いかな。
「セレスト君はユニークを探し中でしたね。その姿のデータが取れるだけでも良いのですが、何か魔法を使って頂ければその魔法がユニークか判断できますよ。」
「セレストならなんか見つけてるでしょ。」
すごく期待されている。何を根拠にそこまでの表情が出来るんだ。投げやりな言葉とは裏腹にとても大きな期待を二人から感じる。
「違っても、怒らないでよ?」
重たいくらいの期待を背負い、光の盾を作る。そういえば、魔法の名前を聞いていないから、毎回初めから魔法を作っているな。あとで聞いておこう。
「良いね。そんなのだった気がするよ。」
「見たことあるの?」
「ペガサスと契約している方は、他にもいますからね。ユニークはその種族の象徴の様なもので、同じ種族ならば基本的には同じユニークを覚えます。なので、すでに契約された前例のある魔獣のユニークは記録しているのです。」
「なら、教えてくれても良かったんじゃ...」
「いや、それは違いますよ。言ったでしょう、ユニークとはその種族の象徴。それを教えてくれるというのは、真に信頼関係を築けた証でもあるのです。それなのに私が先に教えてしまうなんて野暮というものでしょう。」
エルガは諭す様な口調で自分の考えを伝えてくれた。種族の象徴、信頼された証。それだけで、このユニークという魔法の価値は十分なほど理解できる。
「失礼しました。もう降りても大丈夫ですよ。これでお手伝いは終了です。報酬もありますが、すぐには渡せないのですが、なるべく急ぐので届くまで待っていてください。」
「ちょっと質問〜。結局、なんの研究だったの?」
研究も終わり、解散する雰囲気になっていたところにアルカナが手を挙げて、皆が忘れていたであろうことへ質問を始めた。確かになんとなく研究に参加してしまっていたけど、詳しいことは聞いていないな。
「内緒じゃ...だめでしょうか。」
「え〜?じゃあヒント!」
「今の研究でしたことが全てですよ。あとは強いていうなら、いつも不便だと思うことの対策ですかね。」
さらに聞き出そうとしていたが、それ以降エルガが口を開くことはなかった。流石のアルカナも根負けして、それ以上は追求せずに残念そうに城の中へ戻った。その際に僕たちもついてくるように言われたので、足早にその場を去ったアルカナの後を追い、居室へと足を運んだ。
「来てくれてありがとう。早速だけどアビグラの話だよ。目撃情報を手に入れたんだ。セレストも行きたいかなって思って色々手配する準備はしたけどどうする?」
アビグラ?と一瞬頭によぎったけど、そんなちゃんと考えなくてもいいんだろう。多分アビス・グラジオラスだ。
「えっと、アビグラっていうのが僕の思ってる通りの物なら、お願いしたいんだけど。」
「もちろんアビス・グラジオラスのことだよ。長いし言いにくいしから。」
「確かに長えよな。」
なぜメルセナまで...まあいい。今戦ったとしても力不足なのは間違いないのだが、アビス・グラジオラスという名前を聞いたら動かずにはいられない気分になる。最悪情報を集めておくだけでもいつか役に立つはずだし、直接接触するのは避けてそれだけに徹するのもいいかもしれない。それにアルカナは手助けしてくれるという話をしてくれている。申し訳なくなるほど至れり尽くせりで、感謝が尽きない。
「そっ...か、うん。じゃあお願いしたいな。お世話になってばかりでごめんね。」
「こんな時はありがとうの方が嬉しいな。それに僕は君達には健やかに成長して欲しいだけだから。
「そうだね。ありがとう!」
「それでよし!それで、メルセナ達にも話があって、二人に付き添ってほしんだけど良いかな。」
「...良いっすよ。でもその代わりにリ・アンスロの情報を俺にもください。あとイグニ隊長の説得もお願いしたい...です。」
少し考えていたが、結論はとても早く出た。多分メルセナの頭にイグニさんとの契約がよぎったのだろう。イヴァンに戻ったとしてあの強引勧誘をされるのは想像に容易い。僕が勧誘された訳ではないのにあの場にいただけで、とてつもない重圧を感じた。それすら直接勧誘されていたメルセナの物には劣るはずだ。その証拠にメルセナの顔が歪んでいくのがわかった。ここで逃げたとして、いつかは捕まってしまうことは理解しているのだろう。それが自然の摂理なのである。
「お安い御用だよ。場所の話だけど名前はリドルム、方向は南東かな、僕とセレストが出会った森の方だよ。いやーそれにしても僕としては今日ぐらい泊まって欲しいなー。」
「また今度ね、それじゃ行ってきまーす!」
物欲しそうな顔で見られていたが、気づいていないふりをしてそそくさと部屋から出た。寂しがりで、イグニ達から避けられているのはこういったところだとよく分かる。この一連の事件が解決したときは、また泊めてもらおう。
「そんな感じでいいのか?あいつ王様だよな。」
「甘やかしたらつけ込まれるんだよ。適度な距離感だよ。」
「確かにそう、なのか?」
そんなことを話しながらこの城から出た。アルカナは僕と会った森って言ってたから、こっちかな?多分こっちのはずだけど、あの門番の人も見覚えあるし。まあ行ってみれば分かるか。前回森へ入ってドラゴンに遭遇したことを忘れているわけもなく、森を大きく迂回して進んだ。
「なんか胡散臭いよなあの王様。なんでも見通してる様な言い方ばっかでよ。」
「分かるよ。でもそれ相応の実力はあるんだよね。実際、アルカナに救われてるし。」
アルカナには一宿一飯に留まらず、一命さえ取り留めてもらっている。恩だらけだ。それに今回の件も僕のために情報を集めてくれている。とてもありがたいが本音をいうなら普通に怖い。まあギリギリ感謝が勝ったのでメルセナのアルカナ像を少し良い方向へ変えておこう。
そんなこんなで町が見えてきた。見たところイヴァンより小さい印象だ。別にリドルムを悪く言おうという訳ではないのであしからず。
「ここであってるのかな?」
「ああ、ここがリドルムだ。ドラゴリニスの辺境に位置してる、特出したもんはねえ普通の町だ。」
「そうなんだ、詳しいね。」
「職業柄そういったことは詳しい方がいいからな。」
そういう物なのか。いかんせん傭兵という職業についての知識がない。図書館とかあったら調べてみようかな。と思いながら歩いていると門の前についた。今まで訪れた町は全て壁に囲われているな。国の歴史とか調べるのも面白いかもしれない。これで幾度目かになる検問を難なく済ませて、町の中へ足を踏み入れた。
「あれ?メルセナは?」
「検問で引っかかっているぞ。あそこだ。」
門の方を振り返ると、門番の人と言い争いをしているメルセナが見えた。何かを言い捨てて、殺気だった目つきでこちらへ近づいて来た。
「どうしたの?大丈夫?」
「気にすんな。世の中傭兵してるってだけで突っかかってくる奴がいんだよ。」
「そうだったんだ...確かメルセナの恩人の人も傭兵だったんだよね...そんなの許せないね。」
メルセナの目に少しずつ光が戻っていく。
「そうだろ?そうなんだよ!よく分かってじゃねえか!よっしゃセレスト、なんか買ってやるからついてこい!」
さっきまでが嘘みたいなほど、なぜか急に元気になった。まあ、あのままだと話しづらかったし、こっち方がいいけれど。安心して少しメルセナから目を離してしまった。すると、そのタイミングを狙ったかの様に人混みへと駆け出していた。これは見失ってしまうと思い、すでに飲み込まれてしまったメルセナを追いかけるために勇気を出して、人混みへと入った。人の波に揉まれながらも、どうにかしてもがき脱出した。世界は広いことを実感する。
「ちょっと待って!この時間にそこは通れないよ!」
事故だった。人混みの終わりがたまたま曲がり角の少し手前で、メルセナが真っ直ぐ走っていってしまったから。それを追いかけるために僕は左右を確認せず走り出してしまった。刹那、鈍い音をたてて頭の右前方へ鋭い痛みが走る。何かにぶつかってしまったのか、その勢いでバランスを崩しその場に座り込む。
「いってて...ごめんなさい!飛び出しちゃって。...あ!!」
激しい痛みに混乱している中、謝る声が聞こえた。どうやら人とぶつかってしまったらしい。ただその声をどこかで聞いたことがある気がする。手で頭を押さえながら声の先へ顔を向けると、そこにはいつぞやの木人と戦っていた少女が頭に手を当てて転んでいた。少女と言っても僕と同い年ぐらいだけどね。
「いや僕の方こそちゃんと確認してなかったから。久しぶり、僕はセレスト、そこのペガサスはエデンだよ。よろしく。」
僕は立ち上がり、少女へと手を伸ばす。
「そっか、自己紹介してなかった!...では改めまして、私の名前はアンシアでこの子はネル!よろしくね、二人とも!」




