第九話 認識違い
「お、もう起きたか」
セレストは町の広場、エデンの背の上で目を覚ました。目の前にはイグニの隣にいた屈強な男とイグニが、ベンチでくつろいでいた。
こんな状況になったのは、少し前に遡り。
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「よし!お前の力は分かった。そろそろ獣気解放してみろ。」
あの後イグニと四度の戦い、ついに次の段階へと進めた。ここまで戦い続けてセレストは息を切らしているが、イグニは息一つ乱れていない。
「わ、分かりました。〈獣気解放〉聖馬」
呼吸が乱れながらも魔法を唱える。セレストの背中に翼、頭上に光輪が現れる。人払いをしているのか周りに人影はなかった。
「へぇ、かっけぇじゃん。前はどれだけ続いたか覚えてるか?」
「獣気解放して少ししたら倒れちゃいました。」
「なら4.5分くらいいけるか...これやるから測ってみろ。」
イグニは腰のあたりにつけていた懐中時計を渡す。物珍しいものを渡され、セレストのテンションは高まっていた。
「横のペガサスは、エデンって言ってたな。俺は用事あっから、セレストが倒れたら俺んとこまで運んでこい。じゃあ頑張れよ。」
その後イグニは門をくぐり、町の中へ戻った。限界を感じるまで耐えていたが、前と同じように突然体の力が抜けて、地面に倒れてしまった。
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「で?何分耐えれた?」
「確か4分と少しです。」
「上々だ、明日も忘れずに報告な。」
これから毎日倒れるわけにはいかないし、出来るだけ気をつけて訓練しよう。そう考えていると道行く人から視線を感じ、周りを見てみるとエデンが元の大きさで町に入っていることに気づき、〈縮小〉を使い、小さくする。
「分かりました。それで、今何してるんですか?」
用事があるといっていたが、町の広場のベンチに座っているだけのイグニに疑問が湧いて思わず聞いてしまった。
「偵察だよ。あいつ見てみろ。」
「あの人ですか?普通の商人って感じですけど。」
イグニの見ている先にはこれから売るのであろう品物を抱えている商人がいた。特におかしなところはなく、偵察の対象になるとは思えないほど普通だ。
「案外普通に見えるやつの方がやばかったりすんだよ。」
詳しいことは分からないが、商人に勘付かれないようにイグニの隣へ座って、視界の端で商人を観察する。すると背後から女性が、声を荒げながら話しかけて来た。
「やっと見つけた!そこの方。先程町の外でイグニ様と戦ってましたよね!イグニ様はどこに行かれたのですか?」
どうやらその女性はイグニを探していたようだ。セレストはなぜそんなことを聞くのか分からなかった。イグニさんなら今隣にいるし、初めて会った時みたいに認識阻害だが何だかの魔法もかかっていない。そのためセレストは親切心でその女性に伝える。
「え?イグニさんなら目の前にいますよ?」
「え?」
「ちょ、お前何言って...」
何故か女性は困惑しているし、イグニは焦っている。女性の顔はきょとんとした顔から満面の笑みへと変わっていく。
「きゃーーッ!イグニ様よー!」
黄色い悲鳴が上がる。
「はぁ...面倒くせぇ。」
「何だ何だ。」「イグニ様がいるのか!」「珍しいな。」
「こっち見てー!」「美しい...」
女性の声によるものだろう。町の住人がイグニを中心に押し寄せて来る。あっという間に周囲に人の壁ができていた。
「何ですかこれ!」
「説明は後だ!さっきの商人を探せ!」
訳のわからない状況だか、イグニはいたって冷静だ。イグニに言われた通りに人の壁の隙間から商人を探す。
「えっと、あ、あそこだ...逃げてる?」
広場にはたくさんの人がいる。くつろいでいる人や遊んでいる人。これは特別だと思うが、イグニの周りに集まってくる人、そしてさっきの言葉を聞いてイグニとは真反対に走っている人がいた。件の商人である。こちらに気付いて逃げているようだ。
「お前はあいつを追え。俺もすぐ合流する。」
「はい!すみません、通してください!」
人を掻き分けて壁の外に出ることができた。イグニに集まっているようなので、すぐには出てこられないだろう。商人は一目散に広場から離れていた。そのまま路地裏に入ってしまった。セレストも続いて入ったいいが、路地裏はまるで迷路だ。このままでは見失ってしまう。
「私が空から追跡する。感覚共有で位置を確認しろ!」
そう伝えるとエデンは飛び立ち、路地裏の上空へ移動した。
「〈感覚共有〉!」
感覚共有によってエデンの視覚を共有する。エデンの視点と自分の視点が両方見えるようになり、気分が悪くなったが男が進んでいる道が手に取るように分かった。感覚共有を解除して、先程見た道を辿り男を視界に捉えた。その先は行き止まりで男を追い詰めた。
「一足遅かったな。あばよ!」
「行かせないよ!〈魔手〉」
男の前に歪門が現れる。近づいているセレストに目もくれず、歪門に飛び込もうとしたが間一髪で鷲掴みにして拘束する。
「何だよこれ!離せ!」
商人は中で暴れていたが、魔手を開くほどではない。しかしこの状態のままではセレストも動けない。手を握ったまま商人を監視していると、背後からすごい勢いでイグニが飛んできて、その勢いのまま男に拳を喰らわす。商人は壁まで飛んで行った。
「〈桎梏〉!さあ、話してもらおうか。」
「お前らに話すことなんてねえよ!」
イグニはすかさず商人を魔法で拘束し、完全に身動きが出来ないようにした。だが商人は態度を崩すことなく挑発的にイグニ睨む。イグニは負けじと商人を睨み返し、指の関節を鳴らしながら悪い顔で商人に詰め寄る。
「事情話してしばかれるか、しばかれた後に事情話すか。どっちがいい?選ばせてやるよ。」
「どっちも変わらねえじゃねえか...どうだっていいさ!煮るなり焼くなり好きにしな!」
「その潔さ気に入った。俺は炎魔法が得意でな、今日はお前の改心記念日だ。俺の炎で悔い改めな!」
イグニは手のひらを上に向ける。その上には、男の顔と同じ大きさの火球が作られていく。周囲に熱風が吹く。イグニは火球を構えたまま男に近づき、口角を上げ悪い笑みを浮かべ男の顔に手を振り下ろす。しかし、男の皮膚に触れる寸前で火球は消えた。
「いいか?悪事を働くのは今日で終わりだ。これからはだな...」
「...隊長。もう気絶してます。」
「はあ...連れ帰って情報聞き出しとけ。」
「承知しました。」
屈強な男は、商人を軽々と担ぎ運んでいった。イグニは運ばれたことを確認して、セレストの元へ歩いてきた。
「セレストがいなけりゃ逃げられてたな。よく引き止めた。」
「いやいや。急に人にかこまれなかったらイグニさんだけで捕まえてましたよ。あの人達誰ですか?」
「知らねえよ!あいつら俺のこと見つけたら、寄って来やがんだ。だからこれつけてんだよ。」
イグニは初めて会った時にもつけていた髪飾りを指差した。
「誰だかわからなくなるやつですね。」
「それだ。どんなもんか教えてやるから忘れんなよ。」
これは髪飾りは関係なく、嵌め込まれている宝石が魔道具で魔宝石と言うらしい。あらかじめ魔法を込め、貯めておくことのできる物で、好きなタイミングで発動できる。そして問題はその魔宝石に込められた〈認識阻害〉という魔法だ。
効果は自分も体験したように、使用者を詳しく認識できなくなる。容姿や雰囲気、声も少し変わるらしい。そして一人一人効果のオンオフを変えられる。しかし弱点として、例えば魔法使用中に効果オンの人が魔法使用者をその当人だと認識すること。つまりあの時セレストに対する効果はオフになっていたが周りの人はイグニをイグニだと認識できていないオンの状態だった。そのことを知る由もなく、効果オンの人達の前でこの人はイグニだと言ってしまい、魔法が解けてしまった。つまり先程の騒動の犯人はセレストであった。
「本当にすみませんでした!」
「いいって。知らなかったならしょうがねえ。次やらかしたら承知しねえけどな。」
「ありがとうございます!」
「ああ、今日はもうやることもねえし、自由にしていいぞ。荷物は、ギルドのとこの部屋とってるからそこ置いとけ。」
「分かりました!また明日もお願いします。」
イグニと別れ、迷路のような路地を抜け、ギルドの建物に着いた。扉を開け、中に足を踏み入れると受付や食堂があり広々とした空間が広がってた。




