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エピローグ3

◇◆◇◆◇◆◇



 カランと、お店のドアにつけた呼び鈴の音がして、私は顔をあげた。そこに愛しい人の姿を見つけて、自然と笑顔が溢れ出る。



「御影君!」


「お疲れ様です、奈緒子さん」



 彼はいつもの愛らしい笑顔で私の方へと歩みを進める。私も駆け寄ると、彼は優しい笑顔で私の身体を受け入れてくれる。



「・・とりあえず一つ、内定決まりました」


「ほんと!? おめでとう!」


「ありがとう。一応これで、就職浪人は避けられた訳で。だから俺もそろそろ、約束のものを渡さないといけないなと思って」



 そう言って彼が私に差し出したのは、A4サイズの茶封筒だった。不思議に思って中を開けると、そこには束になったレポート用紙が入っている。



「俺なりに『不変の愛』を証明してみました。それを読んで・・改めて返事を貰えませんか。俺との結婚について・・」



 返事はいつでもいいんで。彼は優しい笑顔でそう言って、お店を出て行った。一人残されたお店の中で、私はその茶封筒の中からレポート用紙を取り出し、その表紙をめくってみたのだが・・




「わ・・分からない・・」




 そこにあったのは延々と羅列された難解な数式。やたらルートとか不等号とかいっぱいでMが横になってるみたいなこの記号はなんだっけ? その上の♾️は何の意味?? そういえば証明は読む側の知識が必要って言われてたけど、もしかして数学の勉強をしておかなきゃいけなかった???



「ま、まずい・・全然分かんないよ・・」



 本当に苦虫を噛み潰した味がした様な気がする。だけどその時めくった次のページでは、数式が終わり普通の文字へと変わっているのを見つけて、私の視線はそちらへ釘付けとなる。「・・と記載しましたが奈緒子さんには分からないと思うので」の前おきの後、綴られていたのは────・・




「・・・・御影君っ・・」








「────はい?」



 ハッとして目を覚ますと、すぐ側に彼の整った顔が私を覗き込んでいた。焦点が定まってきて、車窓を流れる街並みが、既に都会のものに変わっている事に気がついた。どうやら帰りの電車に揺られている間に眠ってしまった挙句に、寝言で彼の名を呼んでしまった様だ。



「ご、ごめん。・・寝ぼけてたみたい。なんか変な寝言とか言ってなかった?」


「いや。口開けてグッスリしてて可愛いかった」


「うわ・・ごめん」


「何の夢ですか」


「えっとね、御影君が・・・・・・なんだっけな・・。でも御影君が出てきて、なんか幸せな夢だった気がするなぁ・・」


 それなら良かった、と彼は愛らしい笑顔を浮かべて笑った後、また少し意地悪そうな目をする。



「俺に付き合わせすぎて疲れちゃいましたかね?」



 言われて、この旅行での連日の睦み合いを思い出してしまって、私は思わず赤面した。疲れてないと言えば嘘になるかもしれない。響子さんの言うとおり、高校卒業したての彼はなんと言うかとっても・・お元気でした。また私を揶揄い始めたらしい御影君の思惑に乗らないように、なんとか話を逸らそうと話題を変えてみる。


「べ、別に、そんなことは・・あ。御影君のお父さんとお母さんへのお土産、シュウマイとサブレで大丈夫だったかなぁ」


「じゃあ渡して帰ります? あの人達はまだ帰ってないだろうけど、待ってる間にもう一回付き合って貰おうかな」


「へ!?」


 

 あ、あんなにいっぱいしたのに、また!? 益々真っ赤になった私を見て、御影君はやはりニヤニヤを増した。



「疲れてないんですよね?」


「い、いや! あまり遅くまでお家にお邪魔するのは悪いし、御影君からよろしく伝えておいてよっ」


「駄目ですか? 俺も早く上達したいんで。関係を長続きさせるにはそういう満足度も大事って聞きました」


「そっ、そういう意見もあるかもしれないけど、でもそんなに頑張らなきゃいけないものでも、ないんじゃないのかなぁ〜・・?」



 アセアセとなんとか返す私を余裕しゃくしゃくな笑顔で見据え、彼はこう言った。いつものあの、ちょっと意地悪な色の光る優しい眼差しで────・・





「奈緒子さんの心を掴むためなら何でも頑張りますよ。大学を卒業するまでのこの先四年・・俺はまだまだ試されてる身なんで。奈緒子さんに『不変の愛』を証明して、正式に結婚の承諾を得るまでは・・」




 

 御影君────・・



 彼と付き合い始めてからのこの一年半・・彼が私に自分の事を理解させて、「私への愛が不変であること」を証明する過程の日々は、私に大きな幸せをくれた。私にとって御影君はもう無くてはならない存在で、本当はもう、心はすっかり決まってしまっているのだけれど。



 だけどもう少し見ていたいんだ。

 彼が私に証明する愛のかけらの数々を。



 そんな風に思う私は、ずるい女なのだろうか。






「そ、そうだねっ。四年後に私の納得するものを是非持ってきてくれたまえ。期待してるよ」



 照れ隠しでそんな悪態をついてみる。だけど彼はそんな私を見て、やっぱりクスッと笑うのだ。





「じゃあ採点が甘くなるように身体の面で籠絡しときたいので、今日から毎日練習させて貰っていいですか?」


「なに!? ま、毎日ですと・・!? む、無理だよそんなのっ」







(終わり)

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