立ちはだかる障害5
今この人────なんて言った?
うちの・・・・晴人??
「初めまして。御影晴人の母の、御影響子です」
「は・・・・・・は、初めまして・・」
あまりの驚きに頭が真っ白で、そう口にするのが精一杯だった。呆然としていた私の脳が、遅れてやっと処理を開始する。
待て待て。この人、御影君のお母さん?
そんでもって今確か、「晴人と付き合ってるのか」と言われたような気が・・?
マズい。劇的にマズいのでは? 大事な息子さんに手を出しておきながら、挨拶も無しに逆に向こうから詰められるとか、印象最低最悪。いや、印象どころかこれは「訴えられる」まであるぞ・・?
どう対処すべきか、頭の回転の良い御影君と違って、私の脳みその処理能力ではそれを瞬時に判断するのは難しい。苦笑いで固まっていた私が何とか思いついたこと、それは、とりあえず挨拶すらしていないという事。
「さ、佐藤奈緒子と申しますっっ!! みか・・晴人君にはいつも、大変お世話になっておりまして!!」
「貴方、年は幾つ?」
「は、はいっ! 28ですっ!」
「・・・・なるほどね。ようやく分かってきたわ。どうしてあの子が私に、ここでバイトしていることをひた隠しにするのか」
「・・え?」
その言葉に、私は更に仰天した。私は彼が保護者に内緒で働いていた事など、知らなかったのだから。
「みっ、御影君・・話してないんですか!?」
「ええ。先日やっと気がついて、あの子を問い詰めたところよ」
「ど、どうして・・? でも、保護者の同意書には・・」
「友人にでも代筆させたんでしょう。その件に関しては息子の文書偽造・・貴方に落ち度はないわ」
「そ、そんな・・申し訳ありません! 全く気づかなくて、私・・」
「それで。息子と貴方は交際してるのよね?」
「は・・・・」
────「裁判沙汰」という文字が頭に浮かんだ。
未成年を保護者に無断で労働させたうえ、恋愛関係に・・到底許されないという思いが、「はい」と答える言葉を詰まらせた。しかし・・
「あの子、何故バイトをしているのかという問いに対して、『バイクを購入するため』と答えたの。確かに銀行口座を確認しても使った形跡はなかったのだけど、その後あの子の部屋を調べてみても、それらしい雑誌などは置いていなかった。電子書籍が主流となりつつある世の中でも、趣味のものって紙媒体で買うのよ。現実に手元に置いて眺めたいものなのよね。そういう形跡って何かしら残るものなのに、あの子の部屋には何も無かった。つまり本当は別の理由があって、稼ぐ必要もないのにバイトに通い詰めている・・」
響子さんは相変わらず表情の乏しい真顔で、私を見た。
「貴方に会うためよね? 他のバイトの子って線もあるけど、それなら店で会う必要はないし」
「うっ・・」
「でもね、一回だけお金を引き出してたのよ。12月10日に。あの子はパチンコで擦ったなんて言ってたけど、恐らくその指輪の購入代金ね」
「ぐっ・・」
────無理だ。
探偵か? 敏腕刑事か? この人のこの鋭い洞察の目を掻い潜ることなんて、私には出来ない────・・
「申し訳ありません!!」
自白する決断をした私は、猛烈に頭を下げた。
「大事な息子さんと事前のご挨拶も無しに交際するなど・・お母さんがお怒りになられるのはごもっともです。お怒りが冷めるまで、何度でもお詫びさせて頂きます。でも・・私達はお互い真剣な気持ちで、それにその、清い交際を貫いております。誓って何かその・・いかがわしい関係では、決してございません!」
「・・頭を上げて頂戴。私は貴方を責めに来た訳じゃなくて、どうも違和感を感じたから、何か変なことしてる架空会社だったりしないか確かめに来ただけなのよね。危ない事に関わってるんじゃない事は分かったし・・それに状況から察するに、貴方に入れ込んでるのはあの子の方じゃないのかしら」
「え?? そ、それじゃ・・」
「でもね。ご存知の通りあの子はまだ高校生。これから大学へ進学する身で、社会に出るのはまだまだ先」
そして響子さんは、遂に本題と思われる言葉を切り出した。
「あの子とは別れるのが身の為よ」
そして、私は────。
「い・・嫌です」
響子さんの表情の乏しい、冷たい印象の視線が私を貫いた。
彼氏の親と初対面で別れろと詰められ、早速の対立構造────・・
さ、最悪だ・・
(続く)




