立ちはだかる障害4
その日、御影君は私に、意外な事を言った。
「お給料って、現金で受け取ることできませんか?」
その提案の意図が分からず、私は思わず首を傾げる。
「なんで??」
「実はちょっとトラブルがあって、今の銀行口座は解約しようと思ってまして。新しいのを作るにも、少し時間がかかるんで・・ダメですか?」
「いや・・別に構わないけど・・」
現金じゃないといけない理由・・何となくイメージ的には、脱税とか詐欺とかそういう犯罪の匂いがする・・。御影君に限って、そんな事は無いとは思うけど。
「というか俺的にはそのまま受け取らずに、奈緒子さんが預かっててくれてもいいんですけどね」
「ええっ!?」
な、なんかまたとんでもないこと言い出したぞこの子・・
「そ、それはさすがにダメだよ。御影君のお金なんだから」
「そのうち二人の共有財産になるわけですし。新婚ぽくてなんか良いですけどね」
ニコッと愛らしい笑顔で笑いかけられて、ついつられてヘラっとしてしまった。かわいいんだよなぁ。
「で、でもまぁそれは一旦渡さないとやっぱりダメだよ。お金のことは大事だしっ」
何となく本題を逸らされた気はするけど・・何か変な事に使う訳じゃないみたいだし、まぁいいか・・。
「あ。あと、しばらく帰りは送れないんですけど、大丈夫ですか?」
「え? それはもちろんだよ。家までたった10分の道のりだし。・・勉強のため?」
「はい。今年は受験本番ですし、少しは気合い入れないといけないですしね」
「あの・・大変だったらバイトもお休みしていいんだよ? ちゃんと言ってね?」
「はい。テストの結果次第では、相談するかもしれません」
彼はいつもの通りの優しい笑顔で言った。それがあまりに普段通りだったから・・私は特に気にも留めていなかったのだ。
その日、ラストオーダー間近になってその人物は店のドアを開けた。きっちりと整えられたショートカットの、スーツに品の良いゴールドのアクセサリーを着けた、身なりの良い中年のご婦人であった。うちの夜の客層は家族連れか一人暮らしの男性が多いので、珍しいなと思った。
「すみません、9時で閉店ですが、よろしいですか?」
「構わないわ。・・日替わりでお願いします」
その日最後の注文者は、当然だが最後の一人の客となった。閉店間際、他の店の客が居なくなった状況下で、ご婦人はこう口を開いた。
「このお店は貴方が一人で切り盛りしているの?」
うちは地元の常連さんも多く、話しかけてくる人も結構多いからか、そう声をかけられた事に対して特に違和感は感じていなかった。
「はい。ご覧の通り小さいお店なので、細々とやってます」
「アルバイトもなし?」
「いえ、いますよ。まぁ忙しい時間帯の数時間だけですけどね」
「そうなの・・美味しかったわ、ご馳走様。女性が一人で切り盛りするのは大変でしょう。料理は意外と重労働だし。・・ご結婚は?」
「お恥ずかしながら、独り身でして」
「恥ずかしい事なんて無いわ。経営は大変だもの、誇れる事よ。それに、恋人はいらっしゃるみたいだし」
「え?」
「指輪をなさってる。シンプルで素敵なデザインね。ティファリーかしら?」
「あ・・あはは。ええ、クリスマスに彼がプレゼントしてくれて・・」
「クリスマス・・」
随分と突っ込んだ質問をしてくる人だ・・初対面の人に惚気るのは少し気が引ける。私は照れた笑いで頭を掻いた。しかしその後、ご婦人の口から出た言葉は、私を混乱の渦へと突き落とすのだ────。
「・・なるほど、そういう事なのね・・」
「はい?」
彼女の呟きがよく聞き取れず聞き返した私に対して、ご婦人は至って冷静な無表情で、正面から私を見据えた。
「貴方・・うちの晴人と付き合ってるのね」
何を言われたのか一瞬、分からなかった。
「────────は?・・」
(続く)




