立ちはだかる障害3
「晴人、貴方・・私に黙ってアルバイトしてるのね」
突然の母の追及に、内心俺は焦っていた。給与所得控除の枠内を出ないように注意はしていたし、給与の振込口座も母には言わずに作ったweb銀行口座だ。近所で見かけたなどと言う世間話をする様な近所付き合いはしていないはず。尾行でもされたか・・?
「何でバレたかって顔してるわね。知らないみたいだから教えてあげるわ。役所に行けば、所得証明書という書類が取得できるの。希望すれば同一世帯全員の所得も全て記載できるのよ」
いつも冷静で理屈っぽい母は、いつもの冷たい表情でそう言った。嘘でももう少しにこやかに出来ないものかなと思う。本当に奈緒子さんとは正反対だ。
「昨年の貴方の所得は21万、給与所得控除分の55万が引かれているから年間76万円を稼いだという事になる。月平均6.3万円、勤務時間は学校終わりの4時間程度と考えると、週4近く勤務しているという計算かしら。これは1月頭から働いていた場合だから、もっとの可能性もあるわね・・。
必要なお金は十分渡している筈なのに、そんなにバイトしてまで何にお金を使ったの?」
・・ここから誤魔化すのは不可能だろうが、幸い奈緒子さんの事を勘付いている訳では無さそうだな。何かヤバいものに手を出しているのではと疑っているのだろう。それならば話は早い。ここは単純に認める、それだけだ。
「すみませんお母さん・・実は俺、前からバイクが欲しいなと思ってて」
俺がそう言うと、母は少しだけ眉根を動かした。
「バイク・・? 初耳ね。それならそうとどうして言わなかったの?」
「俺の欲しいバイクはカワサキって会社の人気モデルで・・150万円近くするんです。さすがに反対されそうで、ちょっと言い出せなくて・・」
「その為にお金を貯めていた、という事?」
「はい。隠しててすいませんでした」
「・・・・念のため口座を確認させて頂戴。私の把握していない給与の振り込み口座があるでしょう」
俺は母の言う通り、通帳アプリを差し出した。給与はほぼ手付かずで残してあるし、話の筋は通るはずだ。使ったのは一度だけ、奈緒子さんへ送った指輪を購入したときだけだが、恐らくこの人はそれを見逃さないだろう。
「キッチンひだまり・・飲食店?」
「はい。近くの洋食屋で、美味しいですよ。賄いも出してくれて、そこが気に入ってます」
「この12月10日に引き出した10万円は?」
「・・・・それは・・」
俺が口ごもると、母は見つけたとばかりに眉間に皺を寄せた。この回答は慎重にしなければならない。何かを買ったと言ってしまえば、その物を見せろと言われるだろう。後が残らずかつ高額になる可能性があり、親に話辛い理由のあるものと言えばこれしかない。
「何か言えない事でもあるの?」
「・・実は・・・・高校の友達に誘われて、何度かパチンコを打った事があって・・」
「パチンコ?」
「すいません! 18歳未満は入店出来ないのは知ってたんですけど、ノリというか・・。でも今はもう行ってないんです。金もどんどん無くなるし、俺にはちょっと良さが分からないっていうか・・」
「・・・・」
母はしばし口をつぐみ、俺を見た。恐らく俺の話した事の整合性について、吟味しているのだろう。高校生男子なら有り得る様な話だし、納得してくれるといいのだが・・。しばしの沈黙のあと、母はふうと溜息をついた。
「・・分かったわ。でも成績が芳しくないなら、アルバイトはもう辞めなさい。目標通りの大学に受かったら、足りない分は出してあげるから」
「・・分かりました。バイト先に相談してみます」
「あとね晴人。貴方の志望校だけど・・どうして文系の学部に絞ってるのかしら」
どきりとした。
それが予想外の質問だったから・・
「・・・・それが何か、問題でも?」
「貴方昔から、数字が好きでしょう。何故理系を志望しないの?」
「理系の方が偏差値が高い傾向にあるので・・文系でも理系でも、メーカーの技術職とかでなければ、就職先はさほども変わらないですし」
「でもその分理系の学部は数学の配点が高いじゃない。何故敬遠するのか分からないわ」
「企業でも文系職の方が最終的な年収は高い傾向にあるというデータを見たからなんですが・・確かに年収だけが全てではないですし、もう一度よく考えてみます」
「・・・・そう。分かったわ。・・」
それで母の追及は終わり、母は二階へと上がっていった。その背中を見送ったあと、俺はほっと胸を撫で下ろす。何とか乗り切ったが、誤魔化しきれたか?
しかし志望学部の事まで追及されるとは予想外だったな。あの人は自分の息子が聞こえの良い大学に通っていれば、それで良いのかと思っていたが。今まで全くと言っていいほど俺のやる事には無関心だったのに、一体何を考えているのか・・。まぁ大方、息子が妙なものに手を出して、自分達の不利益になるような事態を恐れているのだろうが、その辺の懸念は払拭したはずだ。
もうこれ以上妙に首を突っ込んで来なければいいが。奈緒子さんとの事をあの人に知られたら、何を言ってくるか分からないし、絶対に会わせる訳にはいかない。あの人は人を傷つけるような言い方を平気でする人間だ。
(続く)




