御影君の苦手なもの6
結局その後は二組に別れて遊園地を回った私達は、せっかくだからお昼ごはんくらいは一緒に食べようという事で、混雑が引いた頃を狙った14時頃、フードコートで合流した。
「お前のせいで全然奈緒子と遊べなかったじゃねーか」
そう睨みを向ける翔馬に、御影君は姉の前だからか「ごめんね」と素直に謝った。
「俺も最後に一個くらい奈緒子と何か乗りたい!」
「あ、じゃあさ、観覧車とかどお? あれなら皆で乗れるし」
「いいけど、それなら俺が奈緒子の隣な!」
そう言って翔馬は再び、あからさまに御影君を睨みつけた。さすがに可哀想だと思ったのか、御影君は「いいよ」と譲り、食事を終えた一同は観覧車へと足を運んだのだけれど────。
「み、御影君、大丈夫・・?」
姉が思わずそう聞いたのは当然だ。御影君は隣に座ったお姉ちゃんの方へしっかりと身を寄せ、若干青ざめつつ床の一点を凝視していた。おそらく窓の外の風景が視界に入らない様にする為なのだろう。多分本人も今日自覚したのだと思うけど、彼は速いのが怖いのではなく、高所恐怖症なのだと思われる。
「3.14159 26535 89793 23846 26433
83279 50288 41971 69399 37510
58209 74944 59230 78164 ・・」
高いだけでもダメだった・・。てゆうかまた変な気の落ち着け方してる。念仏のように円周率唱えちゃってるよ。頭の良い人ってそうなの・・??
「こんなのの何が怖いんだよ。お前マジで情けねーなぁ…」
「コラ翔馬っ! そんな事言わないの! 苦手なものは人それぞれなんだからね!?」
姉は翔馬に鬼の叱咤をくれた後、御影君に優しく声をかけた。
「大丈夫だよ御影君。一周したらちゃんと地面に戻るし、少しの辛抱だから安心して。怖かったら私の腕、捕まっててもいいからね?」
「ありがとうございます加奈子さん」
そして彼は、ひしっとお姉ちゃんの腕にしがみついた。
お姉ちゃんが菩薩の様な微笑みで頬を染めている。絶対可愛いなって思ってる。
お姉は私の家族でもう結婚して子供も居て・・間違いなんて起きようも無いんだから、嫉妬する必要なんて無いんだって分かってる。だけど私の心の中は、どんどんモヤってきてしまって。
────そうか。翔馬と抱き合う私を見た御影君も、こういう気持ちだったのかも。私だって大概、彼の事を言えないくらいのヤキモチ焼きなのかも・・
「お姉ちゃんちょっと、場所変わって」
私の言葉に、一斉に視線が集まった気がした。
「えっ、奈緒子は俺の隣って言ったじゃんかっ」
「翔馬ももう六年生になるんだし、もうおばちゃんに甘える年でもないでしょっ」
翔馬を突き放して立ち上がると、お姉ちゃんは私の胸中を察してか・・プッと呆れた様に笑った。
「分かったよ。はい」
御影君の隣に座ると、彼が不安気な瞳を向けてくる。こんな可愛い彼を隣で守るのは、どんなときでも私でありたい。誰かに任せるなんて嫌なんだ。
「捕まって」
私がそう言うと、彼はまるで母親を見つけた子供の様な、ほっとした笑顔を見せた。
「はい。奈緒子さん」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ──・・御影君、可愛かったなぁ・・」
家に戻ったその日の夜、姉はお茶を飲みながらそう呟いた。怖がる彼の姿が逆に姉の母性に刺さり、もうすっかり彼のファンと化している。
「いいなぁ。お母さんも行きたかったなぁ」
「ほんとに今後二度と一緒に着いてこようとかしないでね。彼の迷惑だから」
「えぇー? いいじゃん加奈子だけずるいよぉ」
お母さんもお姉ちゃんもイケメン好きか・・やっぱりそういう世の中なんだな。
「翔馬は?」
「ふてくされて寝てる。私も奈緒子も御影君にばかり構って相手にされないもんだから、拗ねちゃったみたい」
「そっか・・可哀想なことしちゃったな」
「いいのよ放っておけば。あの子一人っ子だし、旦那の実家の方でも初孫でチヤホヤされっぱなしだから、調子に乗ってんのよね。たまには良いお灸だわ」
しかしそのとき、母がこんな問題発言をする────・・
「もしかして御影君、わざと怖がるふりしてたりしてね。翔馬より自分に注目集めるために」
────え・・?
「・・い、いや・・さすがにそれは無いよ。すごく怖がってたし・・ねぇ、お姉ちゃん」
「そうよ、そんな訳ないでしょお母さん。また変なことばっかり言って」
だけどよくよく考えてみると、結果だけ見れば────姉には気にいられ、私は終始御影君につきっきりで翔馬は撃沈、そして私は益々御影君の虜になった。全て彼にとって良い方向に進んだと、言えなくもない・・?
「無い・・よね・・」
その頃御影邸で────・・
「ククク…思い知ったかクソガキが。この俺から奈緒子さんを奪おうなど百年早いわ」
そうほくそ笑む御影君を一瞬想像してしまったけど、いくらなんでもそんな事は無いだろう。今日一日なんだか疲れたけど、御影君の色んな一面を知れた一日だったし、逆に絆が深まった気がするなぁ。相変わらず彼の虜な私は、今日見た彼の姿を思い出してはニヤニヤしながら、幸せな気持ちで布団の中へと入ったのでした。
「ああ。可愛かったな御影君。大好き・・」




