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もっと可愛い人

「悩んだところで現実が変わる訳でもないので、俺なりに頑張る事にしました」


 隣で玉ねぎを擦りおろしながら、御影君は何の前置きもなく、突然そう言った。


「・・な、なんの話だろう・・?」


 何かの話の続きだろうか。思い当たるふしが見当たらず、困惑しながら隣にヘラっとした笑顔を向けると、御影君は背の高い体の上から、クスリとして私を見下ろした。


「こっちの話です。それより奈緒子さん、この玉ねぎの擦りおろし、何に使うんですか?」


「ああ、これはね。ここにお肉を漬け込むと、すごく柔らかくなるんだよ。聞いた事ない? シャリアピンステーキって」


 精肉店さんの在庫処分で、冷凍ステーキ肉を格安で卸してもらったが、なんせ筋張っていて硬い。そこで登場するのがこの玉ねぎだ。玉ねぎに含まれるタンパク質分解酵素の働きで、お安いお肉でも柔らかく仕上げてくれる。おろし玉ねぎはそのままソースに利用できるので一石二鳥。しばらくの間日替わりメニューに頻繁に登場するだろう。

 

「へぇ・・初めて聞きました」


「明日の日替わりで出すから、味見してみてね」



 

 私達がそう話していたときだった。お店のドアに付けた鐘がカランと鳴って、外から数名の学生服の女子が入って来たのは。



「おっ、いたいた! 御影〜!」



 どうやら女の子達は、御影君の同級生の様だ。彼のバイト先と知って食べに来たのだろう。御影君が彼女達をテーブルへと案内すると、そのまま雑談が始まった。



「ほんとにバイトしてんだ〜。珍し。うちのガッコ、バイトしてる奴少ないのに」


「社会勉強でね、楽しいよ。個人的には塾へ行くより、遥かに有意義かな。誰から聞いたの?」


「小林から。そしたら結衣(ゆい)が行きたいってーからさー。ね、結衣!」


「へっ?・・い、いや、そういう訳じゃなくて、御影君バイトしてるのに成績良いし、どうやって勉強してるのかなって言っただけで・・!」


 慌てふためき弁明をはかる結衣ちゃん。面白いほど顔が真っ赤で、なるほどそういう事かとキッチンにいた私にも分かってしまった。


「勉強教えて欲しいってさー。やったれ御影ー」


「ちょ、ちょっと亜美! そんな事言ってないから・・」


 結衣ちゃんは二重瞼にすっきりと鼻筋の通った、かなりの美少女だ。正直言ってお似合いだけど────御影君、なんて答えるんだろう。


 

 つい、聞き耳を立てている自分がいた。

 そして御影君の答えは────・・




「毎日バイトしてるから時間が無い分、授業の中で完結できるよう皆より集中してはいると思うよ。特別な事はしてないんだ。敢えて言うなら英単語とリスニングは寝る前に欠かさずやってる、ってくらいかな」



 穏やかな笑顔で言った彼の、それは問いに対する単純な回答だったのか、それとも断り文句だったのか・・はっきりとは判断のつかない様な答えだった。


「あ、ありがとう。みんな塾に通ってるのに、さすがだね御影君は。ごめんね、亜美が変なこと言って・・さ、注文しよ!」



 結衣ちゃんが笑顔でそう場を取り繕うのが、なんとなく痛々しく見えたのは、気のせいではなかったのだろう。亜美ちゃんもそれを感じとったのか、あからさまに二人を取り持つ様な発言はその後する事はなかった。ドリンクをサービスしてあげてと御影君に伝えると、彼女達は喜んで、きちんとキッチンにいた私に向かって「ありがとうございます」と挨拶をしてくれた。彼女達はそれぞれケーキを注文し、御影君も変に態度を変える事なく時間は経過して行き、夕食を求める客がちらほらと見え始めた頃、彼女達は帰って行った。



「友達にドリンク、ありがとうございました」


「いえいえ。結衣ちゃん、すごい美少女だったね。アイドルみたい」


「そうですか? 気づかなかったな」


「気づかないって・・御影君、もしかして理想高いのかな?」


 だけど彼は────あの優しげな笑顔で私を見つめながら、こんな事を言った・・




「どうなんですかね? 近くにもっと可愛い人がいるから、目に入ってないのかもしれません」




 え・・?



「あ、そうなんだ。もっと可愛い子がいるんだね。御影君の学校、頭良いうえ可愛い子も多いんだ」


「どうなんでしょう。俺の周りではさっきの佐々木結衣ちゃんが、一番人気ですかね?」


「・・?」



 彼はまだ、にこにことして私の方を見ていた。



 ど、どういう事だろう。今もっと可愛い子がいるって言ったのに、結衣ちゃんが一番人気って・・? 学校以外のところってことなのかな・・? 


 でも御影君は学校終わったら、大概────。




 その後、自分が大変おこがましい、あり得ない事を考えたのに気がついて・・自分で自分が恥ずかしくなって、私は思わず顔を赤くした。



「そ、そうなんだ・・。世の中に可愛い人って、いっぱいいるもんね・・」




 ────バカ。そんな事ある訳ないだろ。一体どの辺が、あの結衣ちゃんより「もっと可愛い」んだよ。そういえば御影君は彼女いるっぽいし、きっとその彼女が別の学校だって事なんだ、きっと! 顔赤くなってるのどうかバレませんように・・!



 彼はいつもの通り私を見て、クスリと笑った。その笑いが私のありえへん考えを見透かしたものではないことを、切に願った────。



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