御影君の苦手なもの4
「はぁ!? こ、高校生??」
プリプリ怒る御影君をなんとかなだめ(その後も可愛すぎて死ぬかと思った)ようやく許しを得た私は家に帰って来た。しかし事態はまだ収まらない。今度は翔馬の様子から事情を知った里帰り中の姉・加奈子の事情聴取が始まったのである。
「あんたそれ、大丈夫なの? 高校生って・・何歳差よ」
「10歳・・かな」
姉はあからさまに呆れた視線を寄越した。モテない妹にやっと彼氏が出来たと思ったら、相手は高校生だという現状を憂いているのだろう。「羨ましい」と言ったお母さんよりは常識的な反応であると言える。
「でもねっ、すごく頼り甲斐のある良い子でしっかりしてて、将来の事だって真剣に考えてくれてるんだよ」
姉は益々呆れた顔でため息をついた。「そんな子供の戯言本気にすんなよ」と顔に書いてあるように見える。まぁ当然だよな、当の私がずっとそう思っていたのだから。ばつの悪い思いで小さくなった私に助け舟を出したのはお母さんだ。
「でも御影君ほんとに良い子よ。礼儀正しくて、与野中央高校だし将来有望。何よりイケメン!」
「イケメンなの?」
「うん。あんたの旦那の遥か上」
「悪かったわね・・。というかそれなら尚更じゃないのお母さん。そんなイケメンの子がなんでこんな年増の女を相手にするのよ。もしかしたらお金を貢がせる目的なのかもしれないでしょう?」
お姉ちゃんは苦い顔で母を睨んだ後────とんでもない事を言う。
「そうだわ! 明日一緒に出かけられないかしら!」
・・・・ん?
「はい??」
「心配だからどんな人間なのか見ておきたいし。そしたら翔馬の機嫌もちょっとは直るでしょ。一石二鳥じゃないの」
うわ・・すっごい面倒くさいこと言い始めた・・。
「そうと決まったら、早く。電話よこしなさい、御影君とやらに連絡するから」
姉は私と違って結構ハッキリと物申すタイプで、強引というか自己中というか私にとってのジャイアン・・いや、みなまで言うまい。御影君に「姉が御影君と話したいと言うので電話するけど無視してくれていいから」とすばやくメッセを送ってから姉にスマホを差し出したが、しかし御影君は姉からの電話をとったようだった。しばし二人の間で会話が交わされたあと、電話を切った姉はこう言ったのだ。
「OKだってー」
────嘘。
ほ、本当に大丈夫なのかな御影君・・。さっきあんなに怒ってたのに、本心では絶対に嫌なはずだよね。
「えー。いいなぁお母さんも行きたいなぁ。でもお芝居予約しちゃってるんだよなぁ・・」
頼むから来ないでくれお母さん・・
◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、次の日。
「御影晴人です。どうぞよろしくお願いします」
「あ、奈緒子の姉の、望月加奈子です。こちらこそよろしくお願いします・・」
爽やかな笑顔で挨拶をくれた御影君を見て、姉は早速私の袖を引いた。
「ちょっと奈緒子っ。想像以上の超イケメンじゃないの! 言っときなさいよアンタ!」
「え? だからお母さんが」
「主張が足りないのよ! びっくりしちゃうでしょーが!」
お姉ちゃんがモジモジしてる。お姉もイケメンには弱いのか・・。しかしその時、昨日煮湯を飲まされていた翔馬が早速御影君へ噛み付いた。
「よく家族だんらんの場に顔出せたな最低男。大人のくせにしゃこうじれいっての分かんないのかよ」
その翔馬の悪態に御影君は・・
「ごめんね翔馬君。やっぱり俺が居たら嫌だよね。誘ってもらったからって俺、何も考えずに来ちゃって・・」
・・・・ん?
昨日の嫌味な態度とは打って変わってシュン…としてみせた御影君。お姉ちゃんが慌てて翔馬の頭を引っ叩いた。
「何言ってんのこの子は! こっちが無理言ってお邪魔させてもらってんだからね!? ごめんねぇ御影君、この子一人っ子で我儘ばっかりで困っちゃうったら・・」
「ち、違うんだよママ。あいつ昨日は・・」
「ごちゃごちゃ言わないの!」
・・・・なるほど。お姉の心象を悪くしないよう、今日はやり合わないつもりなんだね。そしてここで御影君は更に、お姉の心を掴むべく畳み掛ける。
「怒らないであげて下さい、お姉さん。ご家族の中にお邪魔してしまっているのは本当ですし」
彼はちょっと淋しげな笑顔で、自分を睨む翔馬へと微笑みかけた。
「家族の繋がりって切ろうと思って切れるものでもないし、深いもんね。翔馬君が羨ましいよ。俺は所詮、気持ちが無くなれば離れてしまう様な薄っぺらい関係だし」
そして彼はきゅっと私の手を握ると、ちょっと照れくさそうな仕草で、こんないじらしい一言を放った。
「だから、頑張ります。俺もいつか本当の、奈緒子さんの家族の一員になれるように・・」
ポイント稼ぎだって分かっててもキュ──ン!
隣で姉もキュンとしてる。完全に魂持ってかれてる。その隣で翔馬がゲロ吐きそうな顔してる。
「も、もちろん、御影君のことはお父さんもお母さんもすごい褒めてたし、私も応援するし・・じゃ、じゃあ行こっか!」
姉はほっこり菩薩の様な微笑みで一同を車へと促した。チョロ。どうやら姉の事は御影君に任せておけば、私が余計な気を回す必要など無いようだ。私はそこで御影君の袖を掴み、気になっていた彼への謝罪を耳打ちをした。
「ご、ごめんね御影君。せっかくのデートの予定が、こんな面倒くさいことになっちゃって・・。怒って・・ない・・?」
昨日翔馬の事で喧嘩したばかりなのに、またこんな・・。不安を募らせた私だったけど、彼は私へこんな耳打ちを返した。
「さっきの、嘘じゃありませんよ」
え・・?
きょとんとして彼の顔を見上げると、そこにはいつものあの、優しい笑顔が私を見つめていた訳で。
「頑張ったらご褒美下さいね」
────そうか。嫌ではあるけどでも、頑張る。
何故ならそれは、いつか私の────本当の家族になる為、って事・・?
「う、うん・・」
また胸がキュンとしてしまって、真っ赤になってそう頷いたけど・・ご、ご褒美って、なんだろ。
「ほらぁ、そこー。イチャついてないで早く乗るー」
「あ、うん。ごめん!」
こうして車は出発した。行き先は埼玉県内にある割と規模の大きな遊園地で、ここからなら車で一時間かからずに着く。車が目的地へと進む道中、車内では意外な事実が判明した。
「遊園地ってほとんど行ったことないですね」
「え!? そうなの??」
「はい。うちは家族で出掛けたりすることはほぼ無かったもので。でも小さい頃に幼馴染の家族に何度か連れて行って貰ったことありますよ。楽しかったって記憶だけは残ってます」
「そっかぁ。じゃあ今日は一緒に色々乗ろうねっ」
────しかし、御影君の様子がおかしくなったのは、目的地に着いてからの事であった。
「とりあえずまずはアレだろアレ!」
入場して早速、翔馬が興奮して指を差したのは、遠目からでもその姿を確認できる巨大な建造物。その遊園地で一番の目玉である大きなジェットコースターであった。
遊園地には小さい頃に行った事があるし、テレビや動画などでも目にしてはいる。
しかし恐らくではあるが、実際に目の当たりにすると、『予想以上の高さ』という事だったのだろう。彼はそれを見上げて・・完全に固まった。
「こ、これ・・乗るんですか・・」
「なんだよ。怖いのかよ? 俺のことバカにしてた割に超情けねーじゃんお前」
その翔馬の煽りに、御影君がムッとして見せたのは・・それが的を射ていたからなのかもしれない。
「別に平気だけど」
それは私も、そして本人すら気づいていなかった事実。
御影君は、ジェットコースターが怖い────。
(続く)




