バレンタインにて
「ああ〜・・唐揚げうまぁ〜・・」
御影君のお友達である小林君と前田君は、揃って恍惚の表情を見せた。前に御影君の誕生日を祝いにお店に来てくれて以来、そのとき出した唐揚げが大層お気に入りの彼等は、その後度々お店に来てくれる。
「うまぁ〜、じゃないよ。カフェタイムなのに唐揚げなんか作らせて。迷惑だから夜来てくれない?」
「だって夜は家で夕飯があるだろう」
「だってじゃなくて、この時間はスイーツだけなの!」
「い、いいよ御影君。せっかく来てくれてるんだし」
「そうですよね〜、店長さん♡ 」
「店長さん、このバイト態度悪いッスよ」
御影君の辛辣な言葉を微塵も気にしていない彼等の態度に、御影君はムッとした表情を見せた。こういう彼の態度は私にはあまり見せてくれないから、ちょっと新鮮だ。彼は高校にはあまり仲の良い友達はいない様な発言をしていたけれど、先日の初詣も一緒だったし、私の目にはだいぶ仲良しに見えるけどなぁ。
「てゆうかここでそれ食べて、また家でも食べるの? 太るよ。女子にモテなくなるよ」
御影君の苦言に、二人はピクッと反応した。
「・・そういや、もうすぐバレンタインだな・・」
「・・そうだな・・」
「・・御影はいいよな・・。去年もいっぱい貰ってたし・・」
「そんなに良いもんでもないよ。断るの大変なんだよね、たまに泣かれたりとかするし。まぁ二人には分かんないとは思うけど」
「お前ってほんとに嫌な奴だよな・・」
「今年はこいつの本性がバレて、チョコの数大暴落しますように!」
「うん、ありがと。俺もそれを望んでるよ」
「ほんとにヤな奴!!」
「・・あ。でも奈緒子さんからのチョコは、欲しいですけどね」
「えっ!?」
突然話を振られて、仕込みに勤しむ手を止めた。み、皆の前で何故そんな余計な事を・・びっくりして顔をあげると、そこで私を待ち受けていたのは、御影君のやっぱり揶揄う様な微笑みだった。
「奈緒子さん、くれないんですか?」
「えっ、あっ、はいっ。よ、用意します・・ね」
「おい御影、店長さんに何要求してんだよ! 困ってんだろ」
「でも本当に美味しいんだよ。ほらこれ」
彼がそういって二人に突きつけたのは、ラミネートされた期間限定スイーツのポップであった。
「期間限定のチョコプリンとスパイシーホットチョコレート。バレンタインの日で終わりだから、次来たときはもう食べられないからね?」
「・・・・チョコプリン下さい」
セールストークだったようだ・・。
二人は唐揚げ定食の後に、デザートのチョコプリンを綺麗に平らげて帰って行った。本当にこの後お家で夕飯を食べるのだろうか。高校生ってすごい。
だけど御影君はやっぱり、かなりモテてるんだな・・。そりゃそうだよな。顔も整ってて背も高いし、言動も落ち着いてて大人の私から見ても素敵だもん。
(はぁ・・。可愛い子とか、いっぱい居るんだろうなぁ・・)
思わずため息をついてしまって、頭をふった。ダメダメ、こうやってネガティヴになるのは良くない。彼が好きなのは私だと、言ってくれているのだから・・。
「あ、あのさ御影君」
いつもの二人での帰り道。私は御影君に問いかけた。
「そ、その・・最近何か欲しいものとか、ある?」
チョコレートだけっていうのもなんだし、何かプレゼントでも付けて他と差別化を・・とか思う私、必死か?
「欲しいもの、ですか・・?」
彼はニコッと笑顔になった。
「奈緒子さんですかね?」
相変わらず恥ずかしげもなく何て事を────!?
「じゃ、じゃあ、何か食べたいものとかは?」
そ、それなら得意の料理で・・! 顔を赤らめながらあたふたとそう聞くと、彼の整った顔に浮かべた笑顔が、意地悪そうな色を纏ったのが見えた。
「奈緒子さんですかね?」
た・・食べ・・・・えぇ!?
(続く)




