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微妙なお年頃

 ビーフシチュー。ホロホロとスプーンで崩れる大きな牛肉を、野菜と肉の旨味がたっぷりと溶け込んだソースと共に頂く、洋食屋では花形とも言えるメニューである。ポイントはお肉を香味野菜と共に、赤ワインでじっくりコトコト煮込む事。しかしやはり牛肉がメインの料理。なるべく低価格で出す為に安価なブロック牛肉を使ってはいても、他のメニューに比べてお高めではある。



「やっぱ週に一回は佐藤んとこのビーフシチュー食べないとなー、テンションあがんねーわ」


 夕食ピークを迎える前の午後五時台、一人の客がそう声をあげた。うちの常連さんの一人である飯塚君は私の同級生で、特にビーフシチューがお気に入り。家業のガソリンスタンドと、賃貸マンションをいくつか経営しているらしい。一般的な家庭よりも、お財布事情が裕福そうである事は確かだ。


「最近、ガソリンが高すぎるってキレてくる客が結構いて、ムカついてんだよ。そんなの元売り側で価格が決まってんだから、俺ら販売店でどうにかなる問題じゃねーんだっつの。腹立つわ」

 

「そんな事言う人いるんだ・・飯塚君も大変だね」


 飯塚君の誰にでも壁のない、ガキ大将気質は今も変わらない。キッチン向かいのカウンター席に座った彼は、大きな声で私に向けてそうぼやいてみせた。ざっくばらんな彼は、そこへビーフシチュー定食の乗ったお盆を持ってやって来た御影君にまで絡みを入れる。


「な、少年。大人になると色々あんのよ、分かる? 美味いもんでも食わんとやってられんの。ここのビーフシチュー食ったことあるか?」


 飯塚君・・近所のおじさんのウザい絡みの代表例だよそれ。


「いえ、僕はまだ」


「なんだよ佐藤! 一回くらいバイト君に食わせてやれよ!・・マジで美味いから、あのおばちゃんに食べてみたいなーって言ってみ? お前くらいの年の子に甘えられたら一発よ。チョロいから」


「ちょっと飯塚君、二十代はまだお姉さんでいける年だよ? 飯塚君こそその絡み、ザ・おじさんだから。ねぇ、御影君。あ、でもほんとに食べたかったらあとで出すよ。食べてみる?」


「・・いえ、大丈夫です」


「遠慮しないでいいぞ? 子供にゃちょっと財布に痛い金額だもんな」


「飯塚君・・飯塚君のお店じゃないからね・・?」


 その後も彼は騒がしくカウンターから話しかけて来た。ストレス溜まってんのかな? 彼が食事を終えて姿を消した頃、お店の中のテーブルは全て埋まり、その日最後となる忙しない一時がやってくる。なんとかそれを捌ききり、ほっとひと息つけるようになる頃には時刻は八時────御影君が帰る時間だ。


「お疲れ様、御影君。明日もよろしくね」


「・・お疲れ様でした」



 いつもはその挨拶を最後に店のドアを出て行く彼・・だけどその日は違った。彼はキッチン向かいのカウンター席に腰を下ろしたのだ。



「・・ビーフシチュー、下さい」




 え・・?



「あ、食べてみる? 今用意・・」


「お金は払いますから!」


 彼は何故か、真面目な表情で言った。いつもの笑顔はしまって────・・



「確かに俺はまだ子供ですけど・・それぐらいは、払えますから」


 

 ・・・・うん?



「い、いいんだよ、飯塚君の言う通り、遠慮しないでも・・」


 慌ててそう言いかけた私。だけど次に御影君の口にした言葉は、私を更に困惑させるものだった。



「奈緒子さんは・・生活能力のない男性との恋愛って、どう思いますか?」



 ・・・・うん???



「あ・・えっと・・私くらいの年だとちょっと笑えないというかキツいけど・・御影君の年齢なら、そういうのはあまり問題にならないんじゃないかな・・」


「・・ですよね」



 彼はその後、黙々とビーフシチューを食べて、お金を払って帰って行った。



 一体なんだったのだろう、さっきの質問は・・? そういえば御影君は結婚資金を貯めてると言ってたし、もしかして彼女が守銭奴なのか? 



 

 とにかく御影君は、ちょっと難しいお年頃らしい────。



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