御影君の片想い2
────御影君────・・?
じゃあ最初から御影君は私を知っていてバイトに応募したという事なの・・?
今思えば彼の意味深な発言は、初めからだった気がする。
"彼女を紹介する・・それはあり得ないですね。奈緒子さんには"
"近くにもっと可愛い人がいるので、目に入ってないのかもしれません"
でも・・中学三年といえば二年も前の事だ。その頃からずっと、私を想ってくれていた? 私には何の記憶も無いのに、一体どうして・・
あまりの事に言葉を失って、私はただ彼に戸惑った目を向けていたのだろう。彼は笑顔で、私にこう問いかけた。
「怖いですか?」
「え?」
「自分が知らない間に見られているのって、あまり良い気がしないですよね。ましてや知り合いでもない人間に好意を向けられているなんて。自分でも思うんです、俺って少しおかしいのかな、って・・」
────え・・?
「そんな事ないよ!」
頭で考えるより先に・・口が動いていた。
「知らない人から好意を向けられるのが怖いっていうのは、一方的に想いを押し付けられたりとか、好意に応えるよう強制させられたりとか、こちら側の気持ちを無視して行われる所が怖いんでしょう? でも御影君は全然、そんなのじゃないよ! いつでも私の気持ちを優先してくれるもん!」
そうだよ。
"幸せにしてやれる能力もないのにこんな事を言うのは間違いだと、分かってはいるのですが"
頭のおかしい人がそんな事を気にするはずがない。御影君はいつでも私に優しかった。私の気持ちに配慮して手を繋ぐのすら了解を得て、観たかった映画そっちのけで私の身体を気遣い、私の立場を護る為に策を講じる。ここまで大事にされるのは、私の経験上初めてのことだ。
「ちょっと驚きはしたけど、全然怖くなんかないよ。むしろ長い間ずっと気づかなくてごめんね」
「奈緒子さん・・」
彼はオムライスをすくっていたスプーンを置くと、両手で私の頬を捕まえて、甘えてコツンとおでこをくっつけた。
「ありがとうございます。実は騙しているみたいで、ずっと心苦しかったんですよね」
「そ、そ、そんなことは・・」
私が真っ赤になって硬直しているのに気がついたのか、御影君はクスッと笑って私の顔を解放した。ほっ。今日は意地悪しないんだね。
「あ、あのさ・・どうして好きになってくれた・・とか、聞いてもいい?」
私は素直に疑問を彼に投げかけた。すると彼は相変わらず穏やかな笑顔で、こう話しを始めた。
「俺が幼馴染に連れられて初めてこの店に来たとき、奈緒子さんは俺達におかわりを勧めてくれました。多分俺達が、南中の制服を着ていたからなんだと思います。そのとき幼馴染が奈緒子さんのことを『優しくてお母さんぽい』と言ったのを聞いて、違和感を覚えました。自分の母親とはまるで違ったので・・。だけど確かに、こんな人が母親だったら子供は幸せなんだろうと強く思ったのを覚えています」
お母さんぽい・・。お姉さん通り越して、お母さんか。ちょっと複雑。
「それからなんとなく気になって見ていて・・奈緒子さんのお客さんへの心遣いとか気配りを目にするうちに、本当に優しい人だなって尊敬するようになりました。道端で困っている老人に声をかけたりしてるのとかも見てます。まるで道徳の教科書みたいで、自分には無い部分なので強く惹かれました。最初は理想の母親的な憧れだと思ってたんです。でも、ある時はっきりと気づいたんですよね」
彼はそこでオムライスを掬う手を止めて、私の方へ視線を向けこんな問いかけをした。
「二年前のクリスマスの事なんですが。店の前に財布を忘れた中学生がいて、奈緒子さんは気にしなくていいと店に招き入れたのに、その中学生は『無銭飲食なんかしない』と突っぱねた・・そんなの、覚えてないですか?」
「え・・? そういえば・・そんな事があったような・・」
「それが俺です」
「え!?」
「あの時はすみませんでした。でも子供扱いされたのがすごく嫌だったんですよね。それで気がついたんです。俺が奈緒子さんをつい気にしてしまうのは、女性としての興味なんだって。母親としての憧れならば、子供扱いされて腹を立てる理由なんかありませんから」
「そ、そうだったんだ・・ごめんね、覚えてなくて」
「いえ、たかが数回来ただけの客ですから、当然ですよ。それからは自分のしている事はストーカー行為なのではないかと思って、お店に食べに行くのは止めていたんです。だけどこの四月に、店の前に『バイト募集』の張り紙がされているのに気がついてしまって・・」
彼は再び、私に向けていた視線を、オムライスの置かれている下へと戻した。
「すごく迷ったんですが・・だけどこの店で、俺と変わらない高校生が奈緒子さんと楽しそうに働いている姿を見たら────きっと後悔する。そう思いました。叶う訳も無い想いでも、せめて奈緒子さんに俺を知って貰いたいと思ったんです。まぁ結局、我慢できずに告白しちゃいましたけど・・」
────御影君・・
"大人になると高校生みたいに、気軽に恋愛は出来ないの"
"分かったように言わないで下さい。俺と奈緒子さんは違います"
・・本当に、分かっていなかったのは私の方なのかもしれない。御影君の気持ちは、恋に恋する年頃とか、高校生にありがちな年上のお姉さんへの憧れとか、そういう気まぐれなものではないのかもしれない。そんなものが碌に会話も交わさぬ状態で二年も続く訳がない。
心に生まれた確かな感動に突き動かされて、私はそっと、隣に座る御影君の服の袖を掴んだ。
「勇気を出して会いに来てくれてありがとう。あと、そんなに長い間好きでいてくれてありがとう」
私がそう言うと、彼はあの優しい愛情溢れる瞳で私の方を見て・・クスッと笑った。
「そんなに信用して大丈夫ですか? 結局俺がこれまでこの話をしなかったのは、許容してもらえる信頼関係を築けるまで待っていたわけで・・俺はそういう打算的な人間ですよ」
「で、でも、すごく大事にしてくれているのは間違いない事だから・・それにどちらかと言うと、私の方が買い被られてるような気がするし」
「奈緒子さんは自分の魅力に気づいていないだけです。案外、俺の他にもいるかもしれませんよ。人知れず見つめている人が」
「あはっ、そんなわけないでしょ。ほんとに買い被りすぎなんだよ御影君は! あ、ごめんね、遅くまで手伝って貰った上にこんな話込んじゃって・・もう遅いし、早く食べて帰ろうか」
「はい。あ、俺洗い物やりますね」
お客さんへの心遣いや気配りって・・そんなに褒められる様な事してたっけ?? いまいち釈然としないけれど・・ミカっぽく言えば、御影君みたいな格好良くて優しい素敵な男の子にみそめられた幸運を素直に喜んでおけばいいのかな?
食べ終わったお皿を洗って、戸締りをして店を出ようとしたとき、御影君がこう言った。
「この花はどうしたんですか?」
それはレジカウンターの上に飾られた、一輪の赤い薔薇の花であった。まだビニールの包装を開けずに花瓶に差されていたのが気になったのだろう。
「これね、今日来たらお店の前に置いてあったの。誰かの落とし物かなぁと思って、お水に差しておいたけど・・結局誰も取りに来なかったね」
「そうですか。・・・・」




