御影君の片想い
年始最初の営業を終えて、ほっとひと息ついて店の鍵をかけた私。今日はなんだか一日中、忙しなかったな・・。休み明けで身体が鈍ってるせいもあるのだろうか。
「ごめんね御影君、賄いも出す時間無くて! お腹空いたよね。まだ時間あるなら、好きなもの作るよ」
今日は三時ごろから閉店まで手伝ってくれていた御影君は、私のその申し出を受けて、こうリクエストを返した。
「じゃあ、オムライスでお願いします」
「OK。すぐ作るからちょっと待っててね!」
オムライスはご飯と卵で2工程あって面倒だから、普段賄いでは出さないもんな。フライパンを熱しバターを落とすと、すぐに黄金色の液体へと姿を変える。あらかじめ刻んであるベーコンと玉ねぎを黄金の海へと落とすと、何とも香ばしい匂いが辺りに広がった。ご飯を入れる前に塩胡椒を強めにして、水分を飛ばすのがポイントだ。ケチャップを絡めれば、どこか懐かしい、セオリーどおりのケチャップライスが完成する。後はここへ、ふわふわトロトロの半熟オムレツを乗せ、ビーフシチューソースをかけ、サラダを添えたら出来上がり。
「コンソメスープもどうぞ」
「美味しそう。頂きます」
二人並んでお店のカウンターで湯気の立つオムライスを食べる。オムライスって結局、このシンプルなのが一番美味しい。
「久しぶりに食べましたけど、相変わらず美味しいです」
その彼の言葉に、少し引っかかってしまった。普段賄いでは出さないオムライスを、彼はいつ食べていたのだろう。
"中学生の頃から通わせて頂いてますので"
二年参りに行ったあの時、彼は確かに、そう言ったのだ。
御影君はバイトをする前に何度かこの店に来た事があると、前に話していた。だけどそれが中学生の頃からだというのは初耳だ。それにあの時────彼の友達の間で話題になっていたのは、御影君が「中学の頃から片想いをしていた彼女」の話だった。
何故彼はあのタイミングで、そんな事を言ったのだろう。思えば結婚の話だって、私は随分前に聞かされていたのだ。これもまた何かのヒントなのではないか。五年をかけて私に「自分の事を分からせる」と言った彼の────・・
「あ、あの・・御影君」
「はい」
「御影君てさ、その・・中学生の頃から、うちの店に通ってくれてるって、言ってたよね」
「はい。初めて来たのは、中学三年のときの秋頃です。ちょうど文化祭の準備をしてた時なので、よく覚えてます」
「そ、そうなんだ。あの・・覚えてなくて申し訳ないんだけど、もしかして結構何度も、来てくれてたの・・?」
"中学の頃から片想い"
私の記憶には全然残っていないけど、もしもそれが────つい言ってしまった嘘ではなかったのだとしたら・・
「そうですね。凄く美味しいなと思って、当時は頻繁に来てたと思います。全部で両手には収まるくらい、ですかね」
彼のその回答に、なんとなくホッとした自分がいた。
なんだ。その程度か。そりゃそうだよね。
彼がうちの店でバイトを始めたのは、高校二年に上がった四月・・つい10ヶ月前の事だもの。さすがにそんなに前から私に、好意を向けてくれていたなんて事は・・
「来ない事にしてたんです────奈緒子さんの事が好きだと、気がついてしまったから」
────え?
「・・・・え?・・」
驚いて。
驚きすぎて、そのまま言葉を失ってしまった私に、彼はいつもの大人びた笑顔で、私にこう言ったのだ────。
「俺がここでバイトを始めたのは、奈緒子さんと知り合うためです」
(続く)




