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空回り初デート

 例年、正月の三が日をほぼ寝て過ごす私だが、今年はミカに無理を言って同行させ(赤ちゃんは旦那さんに預かってもらった)、初売りに行ってきた。それは何故かというと、年明け四日の今日この日、御影君とデートする約束をしているからだ────。



 昨日、ご両親の実家への挨拶を終えて埼玉へ戻ってきたという報告を兼ねて、御影君から貰った電話。そこではこんなやりとりがあった。




「明日、映画観ませんか? 内容はホラーミステリーぽいんですけど・・公式のURL送りますね」


「あー、これCMで見た事ある。面白そうだよね」


「覆面で動画配信もしてるホラー作家さんの原作作品なんですけど、いつも最後にどんでん返しというか、ゾッとするラストが秀逸で、好きなんですよ。幽霊とかじゃなくて人間の怖さみたいなのなんですが、もし奈緒子さんが苦手じゃなければ」


「うん、全然大丈夫だよ!」


「じゃあ、11時の回があるので、10時半に浦和駅で待ち合わせましょう。席予約しておきますね」





 御影君との初デート。普通ならば楽しみしかない筈なのに・・デートするなんて数年ぶりの枯れ女子である私は今、それと同等、いや、上回ろうかというほどの不安に苛まれているのである。

 普段は店用の白シャツに黒パンツの上からすっぽりと体を覆う、お洒落皆無の防寒重視なダウン素材のロングコート。食品を扱っているため髪は万年後ろで一つに引っ詰めて、化粧もほぼせず、もちろんネイルなどしはしない。まさに『見た目に気を使わない』そのものである。だけど今日はデートなのだから少しは頑張らないとと思い、朝からおぼつかない手つきでヘアアイロンを使って髪をスタイリングし、美容系インフルエンサーの動画を観ながら慣れない化粧を施し、初売りでミカと一緒に選んで購入したタートルニットとスリットの入った膝下丈タイトスカートの上から、防寒よりもデザイン重視なショートコートを羽織り、耳にはイヤリング・・



「い、いきなり気合い入れすぎだろうか・・」



 もう何度目かというほどの鏡チェック。ミカはお洒落しすぎて駄目な事なんてないと言っていたけれど・・正直、不安しかない。



「普段と同じでやる気ないよりはイイよね? 大丈夫だよね? 化粧、変じゃないかなぁ。自分じゃ分かんないよぉ・・。持ち物はお財布とスマホと、ハンカチとティッシュくらいでいいんだっけ? 映画だし暗いし会話に詰まったりとかそういう心配も無いし、大丈夫だよ、落ち着け私。てゆうかそろそろ行かないと・・」



 真新しいショートブーツを履いて家を出た。が・・。




 さ、寒い・・。



『デートの時くらいスカート履きなさいよ! 上品な長め丈、でもスリット生足チラリでお姉さん感を演出! ブーツ履けばそんなに寒く無いから!』


 ミカにそう言われてほんとに生足で来ちゃったけど、めっっちゃくちゃ寒い。上もいつもはダウンコートでガッチリガードしてるのが、アクリル製の安物のショートコートだし。せめてタイツ履いてくればよかった・・。


( お洒落は我慢って言うもんな。これぐらい頑張れなくて恋なんかできるか。目的地に着いちゃえば屋内だし、平気平気!)




 しかしこれが後々、最悪の事態を引き起こすことになるのである────・・。




 浦和駅の東口の改札をくぐると、出てすぐのところに立つ御影君を見つけた。



「御影君!」


「奈緒子さん!・・」



 彼は私を見つけて声をかけるなり、今日の私の気合いの入った出立のせいか、言葉を詰まらせて私を見つめた。私はなんだか恥ずかしくなって、苦笑いで下を向いてしまった。



「ひ、久々に化粧とかちゃんとしてみたんだけど・・へ、変・・だったかな・・」


「そんな事ないですよ。なんだか今日は、可愛いというよりは綺麗なお姉さん、て感じですね」


 そして彼はいつもと同じ大人びた優しい笑顔で、私にこう囁いた。



「いつもと雰囲気が全然違うので・・つい見惚れてしまいました」



(お・・お洒落してきた甲斐があったー!)



 心の中でそうガッツポーズを決めた私。



「じゃ、行きましょうか」


「うん!」




 映画のチケットは事前に御影君が買ってくれていたので、列にも並ばずにスムーズだった。飲み物を買ってシアターに入ると、御影君の予約してくれた席は追加料金のかかるボックスシートだった。足を伸ばして座れるタイプのクッションつきシートで四人まで入れるらしく、かなり広くて寝転べるようなサイズ感だ。


「わー、なんかすごーい!」


「こういうのは初めてですか?」


「うん! 私がよく映画とか見に行ってた頃はこんなの無かっ・・」



 ・・あ。なんか今、凄くオバさん臭いこと言ったな・・。



「す、座ろっか。予約してくれてありがとう!」


 

 御影君が腰を下ろした隣に私も座ろうとしたけど、なんだか距離感が分からなくて、私はちょっと遠慮がちに、身体が触れない様な距離を空けて座った。すると・・




「もうちょいこっち」




 手招きされて、私は硬直した。も、もうちょいって、どれくらい? 


 おずおずと少しだけ御影君の方へ身体をずらした。だけどそれを見た彼は、またクスッと笑って────私の腰に腕を回すと、グイっと私の身体を自分の方へ抱き寄せた・・。




 

「なんでそんな離れるの? せっかくなんだから仲良くしましょうよ」




 な────《《仲良く》》、とはどういう・・


 まさか一緒に寝転がったりとかしないよね? まさかまさかそれ以上の何か良からぬ事が始まったりとか、御影君に限ってそんなことありませんよね・・!?


 見上げればそこには、キスでもできそうなほどの距離に彼の顔がある。真っ赤になった私を見て、彼はまた揶揄っているのだろう、その整った顔に浮かべた笑みには、どこか意地悪気な色が見え隠れしている。


 

 既にドキドキし過ぎてキャパオーバー気味なんですが? 普通の映画だと思って安心してたのに・・こんなの聞いてないよー!



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