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知将は外堀を埋める2

 ミカと飯塚君も帰って行き、無事今年最後の営業を終えて、私は看板を店の中へしまった。刺す様な冷たい空気の中、ちらほらと今年初めての白い粉雪が舞っているのが見える。


「御影君、雪降ってきたよ!」


 今日は営業終了まで手伝ってくれていた御影君に声をかけると、酷くなる前に帰りましょうかと彼は言って、店の戸締りをしながら深い溜息をついた。


「はぁ・・」


「どうしたの?」


「いや、憂鬱だなと思って。これからしばらく、奈緒子さんに会えないですし」


 

 年始の営業は5日から。私にとっては年に一度の長期休暇ではあるのだけど・・例に漏れず、この店の大掃除をする以外に特に予定はない。



「ど・・どこか出掛ける?」


「いえ・・明日明後日は友達と約束してるんで・・」


 その答えが意外で、私は思わずこんな声を漏らしてしまった。


「え? 御影君、友達と遊ぶの?」


「奈緒子さん。俺に友達なんかいないと思ってますね?」


「い、いや、そういう訳じゃないけど・・いつも休んでいいよって言ってもバイトするから・・」


「まぁ、あながち間違ってもいないんですけど。年末は特別なんですよね。家に居たくないもんで」


「どうして?」


「親が休みで、家に居るので。普段は忙しい人達ですが、労基が厳しくなってから特に、公休はしっかりあるんですよ。正直気まずくて、そういう時は大抵、幼馴染の家に逃げることが多いんですが、他の休みと違って年末年始はあっちも親族の集まりとか色々ありますからね」



 そうか・・そういえば御影君は、お母さんが苦手だと言っていたっけ・・



「やっぱり苦手なの? お母さん・・」


「まぁ、父も母も普段一緒に居ないので、嫌いというよりは慣れないという感覚でしょうか。でも無視するわけにもいかないので、義務的に会話をしなきゃならないというか、話題を探したり、そういうのが疲れるんですね。友達にも気を使いますが、親よりはましと言いますか・・」


「そう・・なんだ・・」



 親が家に居ると緊張するなんて、私には無い感覚だなぁ。小さい頃も家政婦さんと二人が多かったという御影君にとって、両親は他人に近い感覚なのかもしれない。



「年始とか最悪です。毎年元旦は所沢にある父の実家で食事、二日三日は名古屋の母の実家に泊まりで挨拶に行く事が決まっていて。普段家族らしい事なんか何もしていないのに、そういう時だけ家族みたいな顔して行くのが、なんだか奇妙というか、気持ち悪いんですよ。毎年の禊みたいなものですが、今から気が重いです」


 そっか・・じゃあ御影君は、年始はこっちに居ないのか・・。ならしばらくは、顔も見れないという事で・・



「奈緒子さんは年末年始は何をするんですか?」


「えっ!? いや、私は・・お母さんと二年参りに行く、くらいかなぁ・・あはは・・」


 安定の、予定ゼロの女・・。悲しすぎる。


「どこにお参りに行くんですか?」


「えっと・・毎年、大宮の氷川神社に。出店とか多いから、お祭り感覚でね・・」


「そうですか・・」



 お店のドアの鍵を閉め、年末に加え雪のせいもあるのだろうか、いつもよりひっそりとしている夜の商店街を二人並んで歩く。多分御影君は私の家を経由して帰るのだろう。商店街を抜けて住宅地へ入った頃、彼は言った。



「もし嫌じゃなければなんですけど・・」


「え?」


「・・手、繋いでもいいですか?・・」



 その控えめな申し出に、不覚にもキュンとしてしまった。もしかして私が人目を気にしていると思って、いつも我慢してたりするのだろうか。



「あっ・・うん、もちろん! 全然! むしろ大歓迎だよっ!」



 そんなに周囲を気にしなくても私はもう大丈夫。そんな想いを込めてそう答えると、御影君は「大歓迎」と呟いて、ふふっと笑った。ウケた。やばい、笑う御影君かわいい。キラキラした気持ちで彼の表情を見つめていると、彼は足を止め、私の方へ向き直った。



「・・失礼します」



 彼はそう一声かけて、私の方へ手を伸ばした。手を繋ぐくらいでそんなに改まられると逆に緊張する。彼の手が私の手に到達しそれを握ると、それまでダッフルコートのポケットに入れていたらしい彼の手は温かかった。



「手ぇ冷たっ」



 御影君はそう言って笑うと、私の手ごとコートのポケットに突っ込んで、再び歩き始めた。それきりこっちを向かないのは、意外にも照れているのかもしれないと思ったら、なんだかまたキュンとしてしまって、私のどきどきは更に増していく。


 一緒に帰って手を繋いでどきどきするとか・・何だこの学生時代に戻ったみたいな甘酸っぱい感じは・・。キュンが止まらない!



(やばいって・・好きです御影君!)




「み、御影君」


「はい?」


「あ、あの・・4日はこっちに戻ってるんだよね? 私もお休み最後の日だし・・良かったらその、あ、会えたら嬉しいな、とか・・」



 辿々しく、そうお誘いした。さっきまであんなに冷たかった筈の手が、恥ずかしさに手汗をかいている事に気がついて、益々恥ずかしくなってしまった。



「奈緒子さんがいいなら、俺は勿論です」


「そ、そっか、良かった。・・」


「何したいですか?」


「え、えーと・・特にこれ、というのは別に・・」


「考えときますね」


「う、うん。私も・・」


「・・・・」


「・・・・あの、ごめんね」


「? 何がですか?」


「えと・・手。汗かいてて・・」


「え? これ俺のじゃないですか?」


「え?」



 そして彼は私から視線を外し、照れくさそうにマフラーで半分顔を隠したまま、こう言った。




「・・女の子と手を繋ぐとか初めてで・・思ったより緊張しちゃいました・・」




 か・・かわいい・・。


 さっきの根回し完璧な知将ぶりはどこ行った?? いつも小憎たらしいのにたまに見せるその年相応な感じ、母性本能に突き刺さるのでヤメテ下さい・・。




 お店から歩いて10分程の距離にある私の家は、もうすぐそこに迫っている。でも本当は、こんな雪のチラつく寒空の下でも、まだまだ御影君と手を繋いで歩いていたい。


 今日ほどもっと家が遠ければいいのにと思ったことはありません・・。



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