表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/72

クリスマスイブ

 ────今日は12月24日。クリスマスイブです。


 

 今日の日替わりはジャークチキン。何年か前にクリスマスに提供して好評を博したメニューで、クミンやシナモン、クローブなどの香辛料を調合して鶏肉に香り漬けしたスパイシーな一品だ。骨付きチキンレッグと、ブロッコリーとトマトで作ったクリスマスカラーのサラダでイベント感を演出してみた。レアメニューのお陰かランチは大盛況だったが、夜はやはり予定がある人が多いのか、心なしか客入りが悪い気がする。



「ごめんねぇ、クリスマスなのに遅くまで」



 店仕舞いの最中、私がそう声をかけたのは言わずもがな、退職を撤回した御影君だ。今日は閉店まで手伝ってくれたのは・・おそらく一緒に居たい、という事なのだろう。私達は5年後に結婚の約束をした、奇妙な婚約者同士なのだから。「御影君の愛は不変である」という予想が正しいかどうかを証明する、出題者と解答者という・・一聞して謎の関係である。



「まだ時間大丈夫? せめてケーキ食べて帰ろうか。残り物で悪いけど」


 私がそう言うと、彼はいつもの優しい笑顔で、私にニコッと笑いかけた。


「はい。でも気にしなくて大丈夫ですよ。ずっと気になってたジャークチキン、食べれて感慨深いです」


「ずっと?」


「いえ、その話はまぁ、また。俺はお店の片付けでも楽しいですよ。奈緒子さんと一緒なら」



 か・・かわいい。



 本当にどうしてこんな子が、5年後に私と結婚なんかしようとしているのだろう。相変わらず御影君の考えはさっぱり理解できない私だけど、そこまで言われたらいい加減、私も世間の目と戦う覚悟を決めなければならない、と思う。


 明日の25日は月曜で定休日。そして御影君は多分、もう冬休みに入っている。つまり一日デート出来る、絶好の機会だという事で・・



「み、御影君っ!」


「はい」


「あ、あの・・、明日はお休みだからその・・御影君の予定が空いてれば、どこか一緒に出掛けてみませんかっ」


 私が真っ赤な顔で辿々しくそうお誘いをすると、彼はちょっと驚いた顔をした。突然やる気出してなんだコイツとか思われてるかな。恥ずかしくなって、私は彼から目を逸らし、レジ脇のショーケースから残ったチーズケーキを取り出した。


「いいんですか? クリスマスに一緒なんてご近所さんに見られたら、奈緒子さん気まずいのでは」


「だから待ち合わせ場所までは別々に行くとかでなんとかね? それでも誰かに見られたときは、それはもうそれでって事で」


「・・別に無理しなくても大丈夫ですよ。秘密にした方が気持ちが楽なのであれば、俺は全然」




 そして彼は────チーズケーキをお皿に盛り付けていた私の身体に腕を回した。後ろから抱きしめる形で────。


 手にしていたケーキシャベルからチーズケーキが滑り落ち、お皿の上でベシャッという無惨な音がした。




「みっ、みかげく・・」


「クリスマスだからって特別な事をせずとも、俺はここで奈緒子さんと会えるなら、それで十分なのですが」




 耳のすぐ後ろで彼の声がする。相変わらず恥ずかしげも無く囁かれた御影君の甘い言葉が、一気に心拍数を刺激する。



(じゅ、十分なのですがって御影君────ある意味これはデートするより、特別なコトではありませんか・・!?)


 御影君の気持ちに応える為、私も強くなろうと思ってはいます。


 

 だけどこれはアカン! まだ早いんだよ御影君!


 

 私は身体を捕らえる彼の腕から逃れ、彼に制止を促すべく、両手を突き出し壁を作って見せる。




「埼玉県青少年健全育成条例!!」



 まるで必殺技の呪文かのように、条例の名称を叫んだ私。


「知ってるよね御影君! 埼玉県では大人が未成年とそういう事したら、条例違反で処罰対象なんだよ!」




 しかし彼は────。




「俺を拒む理由はそれでいいですか?」



「え?」



「それだと俺が成人したら、もう拒む理由が無くなっちゃいますけど────本当にそれでいいんですね?」




 え・・・・?


 

 なんとなくその時頭に浮かんだのは、犬に追われて柵の中へと追い込まれる羊の群れの画だった。私は何かまた、彼の誘導で狙いどおりの場所へと追い込まれているのではないか。どんなに抗っても逃げる事の出来ない、高い柵の中へと・・。

 


 

「もう少し考えさせて下さい!」




 漠然とした危険を感じてそう答えた私。しかし彼はもう遅いとばかりに、落ち着いていて優しい、しかしどこか意地悪気な色を混じえた瞳で、ニコリと笑顔になった。





「すぐに思いつかないなら素直に諦めて下さい。俺の18の誕生日まであと8ヶ月────楽しみですね、奈緒子さん」





 またクスリと彼が笑うのを見て、何か背筋に寒いものを感じて・・私は笑顔を引き攣らせた。



 御影君────そうやって大人を揶揄うのは、もうやめてください・・





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ