クリスマスイブ
────今日は12月24日。クリスマスイブです。
今日の日替わりはジャークチキン。何年か前にクリスマスに提供して好評を博したメニューで、クミンやシナモン、クローブなどの香辛料を調合して鶏肉に香り漬けしたスパイシーな一品だ。骨付きチキンレッグと、ブロッコリーとトマトで作ったクリスマスカラーのサラダでイベント感を演出してみた。レアメニューのお陰かランチは大盛況だったが、夜はやはり予定がある人が多いのか、心なしか客入りが悪い気がする。
「ごめんねぇ、クリスマスなのに遅くまで」
店仕舞いの最中、私がそう声をかけたのは言わずもがな、退職を撤回した御影君だ。今日は閉店まで手伝ってくれたのは・・おそらく一緒に居たい、という事なのだろう。私達は5年後に結婚の約束をした、奇妙な婚約者同士なのだから。「御影君の愛は不変である」という予想が正しいかどうかを証明する、出題者と解答者という・・一聞して謎の関係である。
「まだ時間大丈夫? せめてケーキ食べて帰ろうか。残り物で悪いけど」
私がそう言うと、彼はいつもの優しい笑顔で、私にニコッと笑いかけた。
「はい。でも気にしなくて大丈夫ですよ。ずっと気になってたジャークチキン、食べれて感慨深いです」
「ずっと?」
「いえ、その話はまぁ、また。俺はお店の片付けでも楽しいですよ。奈緒子さんと一緒なら」
か・・かわいい。
本当にどうしてこんな子が、5年後に私と結婚なんかしようとしているのだろう。相変わらず御影君の考えはさっぱり理解できない私だけど、そこまで言われたらいい加減、私も世間の目と戦う覚悟を決めなければならない、と思う。
明日の25日は月曜で定休日。そして御影君は多分、もう冬休みに入っている。つまり一日デート出来る、絶好の機会だという事で・・
「み、御影君っ!」
「はい」
「あ、あの・・、明日はお休みだからその・・御影君の予定が空いてれば、どこか一緒に出掛けてみませんかっ」
私が真っ赤な顔で辿々しくそうお誘いをすると、彼はちょっと驚いた顔をした。突然やる気出してなんだコイツとか思われてるかな。恥ずかしくなって、私は彼から目を逸らし、レジ脇のショーケースから残ったチーズケーキを取り出した。
「いいんですか? クリスマスに一緒なんてご近所さんに見られたら、奈緒子さん気まずいのでは」
「だから待ち合わせ場所までは別々に行くとかでなんとかね? それでも誰かに見られたときは、それはもうそれでって事で」
「・・別に無理しなくても大丈夫ですよ。秘密にした方が気持ちが楽なのであれば、俺は全然」
そして彼は────チーズケーキをお皿に盛り付けていた私の身体に腕を回した。後ろから抱きしめる形で────。
手にしていたケーキシャベルからチーズケーキが滑り落ち、お皿の上でベシャッという無惨な音がした。
「みっ、みかげく・・」
「クリスマスだからって特別な事をせずとも、俺はここで奈緒子さんと会えるなら、それで十分なのですが」
耳のすぐ後ろで彼の声がする。相変わらず恥ずかしげも無く囁かれた御影君の甘い言葉が、一気に心拍数を刺激する。
(じゅ、十分なのですがって御影君────ある意味これはデートするより、特別なコトではありませんか・・!?)
御影君の気持ちに応える為、私も強くなろうと思ってはいます。
だけどこれはアカン! まだ早いんだよ御影君!
私は身体を捕らえる彼の腕から逃れ、彼に制止を促すべく、両手を突き出し壁を作って見せる。
「埼玉県青少年健全育成条例!!」
まるで必殺技の呪文かのように、条例の名称を叫んだ私。
「知ってるよね御影君! 埼玉県では大人が未成年とそういう事したら、条例違反で処罰対象なんだよ!」
しかし彼は────。
「俺を拒む理由はそれでいいですか?」
「え?」
「それだと俺が成人したら、もう拒む理由が無くなっちゃいますけど────本当にそれでいいんですね?」
え・・・・?
なんとなくその時頭に浮かんだのは、犬に追われて柵の中へと追い込まれる羊の群れの画だった。私は何かまた、彼の誘導で狙いどおりの場所へと追い込まれているのではないか。どんなに抗っても逃げる事の出来ない、高い柵の中へと・・。
「もう少し考えさせて下さい!」
漠然とした危険を感じてそう答えた私。しかし彼はもう遅いとばかりに、落ち着いていて優しい、しかしどこか意地悪気な色を混じえた瞳で、ニコリと笑顔になった。
「すぐに思いつかないなら素直に諦めて下さい。俺の18の誕生日まであと8ヶ月────楽しみですね、奈緒子さん」
またクスリと彼が笑うのを見て、何か背筋に寒いものを感じて・・私は笑顔を引き攣らせた。
御影君────そうやって大人を揶揄うのは、もうやめてください・・




