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『不変の愛』の証明理論6

「・・いや、何故って・・学校でそう習った・・から・・?」



 なんで今、円の面積の話? 困惑しながらもそう答えたけど、彼の謎の説明は続いていく。


「円をピザを切る様に等分して、交互に向かい合わせにして並べ替えると、長方形に近い形が得られるのですが」


「ああ〜・・なるほど。確かにね。食べ残しを冷蔵庫に入れる時とか、そう並べ替えてるわ」


「その等分をどんどん細かくしていくと限りなく長方形に近づくため、長方形の面積である縦×横に円の面積は限りなく近いと言える訳ですね。縦はピザ型に正確に等分したのならr(半径)に、横は円の外周であるπrになるという事です」


「な、なるほど・・」


「しかしこれは小学生でも理解しやすい説明の仕方なだけであって、数学的には緻密性に欠ける方法です。そればかりか高校数学ですら、『円の面積の公式』を求める説明の中で『円の面積の公式』を使用するという、この公式が正しい事を前提としなければ成り立たない、大きな矛盾を孕んでいます。それは何故か。真に『円の面積の公式』が正しい事を証明する論理的展開はかなり難解で、理解するには高度な数学的知識を必要とするからです。また、数学的に重要な難問であったABC予想の証明を数年前に発表した京都大学の望月教授の論文は、難解過ぎてそれを検証するのに7年もの歳月を要し、今もなお物議は続いています。当然ながら、俺が読んでも理解できない代物です」


「は、はぁ・・」



 一体何の話をしているのだろう。難しい話をして、煙に巻こうとでも言うのだろうか? 益々困惑を深めた私に、しかし彼は相変わらず私の腕を捕えたまま、怖いくらい真面目な表情でこう言った。



「こいつ何の話をしてるんだって顔してますね」


「!? はい、すいません!」


「俺が何を言いたいのかと言うと、証明を理解するには、読む側の知識も絶対的に必要だという事なんです。俺に『不変の愛』を証明しろと言うのなら、奈緒子さんにはその証明の前提となる、俺という人間をまずは知って貰う必要がある」


「────え?」



 話が意外な方向へと転じたことに唖然として、私は彼を見つめた。すると彼は当然だと言わんばかりに、主張を続ける。



「せっかく苦労して証明しても、出題者の奈緒子さんが理解出来ないなら本末転倒でしょう?」


「ん・・? そ、そうか・・そうなの?」



 出題者って・・本気でそんな事、証明しろだなんて言ったつもりじゃなかったのに・・?




 そして御影君は私に真っ直ぐな視線を合わせたまま、大真面目にこう言ったのだ。




「こうしませんか? 

 俺はここから大学を卒業するまでの5年弱までに、奈緒子さんに『不変の愛』の証明をする。奈緒子さんはその間、その証明を理解するうえで必要な『俺という人間の構成要素』を知る努力をする。

 5年後に俺の証明が理解できたときは────俺達は結婚しましょう」





 ────へ・・?



「け、結婚!?」



 高校生の彼の口から突然飛び出した意外すぎる言葉に、私は驚いて飛び上がってしまった。御影君はそんな私の反応を予想していたのか、落ち着き過ぎているほど落ち着きはらって私を見据えていた。



「俺にそんな難問を突き付けておきながら、そんな覚悟も無いんですか?」


「へっ、あっ、えっ・・? でもけ、結婚するの?」


「当たり前じゃないですか。証明出来たときは当然、責任はとって貰います」


「え? 私が・・責任とって御影君と、結婚するの・・??」


 

 結婚って男の方が、責任とって結婚するものかと思ってた・・。何だかよく分からなくなってきたぞ・・?


 御影君にとって三十過ぎたオバさんである私との結婚は、責任を「とってあげる」のではなく「とってもらう」ものだという事・・?




「これで驚くという事は、奈緒子さんは全然俺のこと、分かってないという事なんですよ」




 彼は私の手を引いた。いつものあの、年の割に落ち着いた笑顔。底なしに優しい、愛情の籠った瞳で。



「5年のうちに分からせてあげます。逃げないで下さいよ。言い出しっぺは奈緒子さんなんですから」




 言い出しっぺは、私────?



 どうしてこんな事になったのだろう。


 断ったつもりが、いつの間にか結婚の約束に・・? しかも私が言い出したみたいになってるし。


 華麗な責任転嫁のやり口に、私は唖然として、隣で私の手を引いて歩く彼の整った顔を見つめた。10年も長く生きてきた筈なのに、私は御影君に何も敵わない。きっとこの先どう足掻いても、こんな風に上手く言いくるめられてしまうのだろうと思ったら、なんだか抵抗する気が失せてしまった。



 そして気付いてしまった。


 気がつけばいつの間にか、不安ばかりだった自分の心に、輝きが生まれている。彼が私に「不変の愛」を証明する未来を、どこかで期待してしまっている自分がいる。



 この手に着いていけば大丈夫なのかもしれない。そう信じ始めてしまっている────。







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