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『不変の愛』の証明理論

「で、最近どーなの? 奈緒子さんとは」


「・・・・フラれた」


「え!? なんで!?」



 俺の言葉に驚いた理玖(りく)は、ビーズクッションにうずめていた身体を起こした。別々の高校へ進学した俺と理玖だけど、今もお互いの家を行き来している。今でも俺が心から気の許せる友人は、こいつだけだ。俺は理玖の疑問に、包み隠さず状況を話した。


「同窓会で年相応の男探すんだって。やっぱり彼女くらいの年の女は、俺みたいな高校生と付き合うなんて無いらしい」




 ────多分奈緒子さんは・・俺のことが好きなのに。


 お互い好きならそれで良いというほど、大人の恋愛とは単純なものではないらしい。


「まぁ、そうだよな・・。周りは結婚して子供が産まれたりしてるのに、高校生とかフリーター以下だろ。淋しいからってそんな男を養い始めて余計に痛い、とか思われるに決まってる。SEXすれば法的にリスクを負うのは彼女の方だし、しなくても好奇の目で見られるのは間違いないし、良い事なんて一つもないもんな。俺達は真剣に交際してます、とか書いた札でもぶら下げて歩くのかって話で・・」


 彼女の「幸せ」に自分の様な子供が相応しくないのだという事は重々分かっている。幸せの価値観は人それぞれというのは建前だ。皆が認めて、羨んでくれる幸せこそが真の幸せ。誰に認めてもらえなくとも自分が良ければそれでいい、という信念を貫けるほど強い人間は、それほど多くはないだろう。

 俺にも覚えがある事だ。周囲と合わせるために本当に好きなものを隠し、興味のない女子と付き合い・・そうやって過ごした中学時代。周りが認める中学生を演じ続けた暗い過去。だから奈緒子さんのそういう弱さを、責める気になんてなれない。


 高校へ進学して、偏差値が高いからか俺と同じく数学好きな同級生も結構いたし、動画配信者とか、アプリ開発で既に販売始めてる奴とか、プロ棋士とか・・それぞれの道を突き進んでる奴もチラホラいて、中学ほど連帯意識も強くなく、俺の違和感もだいぶ払拭された。これが大人になるということなのかもしれない。だけどそれでも、変わらなかったものもある。


 恋を自覚した中学最後の冬の日以来、行かないと決めていたあの店────それでも俺は商店街を通るたび、あの店の様子を遠巻きに伺っていた。高二に上がった今年の春、店のドアに貼られた「バイト募集」の張り紙を見つけて、居ても立っても居られなくなり、俺はついにあの店のドアを開けてしまった。


 最初は俺が御影晴人という人間なんだと認識されただけで嬉しかったな。だけど人の欲望は尽きないものだ。


 彼女が俺の言う事をいちいち気にして、戸惑ってくれるのが嬉しかった。それまではいつも一方通行だったから。そのうち彼女が俺の言葉に顔を赤らめるようになったのに気が付いて・・どうしても欲しくなってしまった。




 でも俺は彼女に幸せをあげられる相手ではない。10年も遅く産まれた時点で決まっているんだ。俺は彼女の「284」にはなれない────・・




「バイトも辞めようと思って。昨日退職願を提出してきた。彼女も俺が居たら気まずいだろうしな」


「晴人はさ、それでいいの?」


 理玖の言葉の語気が強いのを感じて・・俺はあいつの方を見た。するとやはり理玖は、怒ったような表情で俺の方を見ていた。


「お前、サッカーも好きだったのに、家政婦さんに毎回同伴させるのが申し訳ないって理由でクラブチーム辞めたよな。俺、本当はムカついてたんだよ。俺には晴人の家の事情なんか分からないけど・・そんなに嫌なら一度くらい、親に『お前が見に来い』って言えば良かったんだ」



 理玖・・?



「何の話をして・・」


「晴人は優しいからさ、そうやって相手の迷惑だからって何でも諦めるのが、俺は隣で見てて嫌だった。幼稚園の頃からそうだもんな。おもちゃだってなんだって相手に譲って、相手が悲しむとか先生が困るからとか、子供らしくないこと考えてたんだろう」



 優しい・・? 俺が・・?



「違うよ理玖。俺は優しいんじゃなくて、面倒だっただけだ。争うのが煩わしかった、それだけだ」


「じゃあ一回くらい相手の迷惑とか考えないで、主張してみせろよ。子供だっていうなら子供らしく駄々こねればいいだろ!」


「駄々って・・」



 俺は理玖の意外な剣幕に、呆気に取られてあいつを見た。子供なんだから駄々こねろって言われても・・駄々って一体なんだよ。



 そう言われてみれば一度も、駄々なんかこねた事がない。家政婦さんは仕事で俺の面倒を見ていたからそんな事を言ったら悪いと確かに思っていたし、母さんとはなるべく関わりたくなかった。そこまでして欲しいものなど、今までの俺には何も無かったんだ。




 だけど奈緒子さんは────俺にとって「そこまでして欲しいもの」ではないのだろうか・・?




(そんなわけない)




「駄々こねるって・・どうやればいいか分からないんだけど・・」



 理玖は相変わらず怒った様な顔で、俺にこう言い放った。



「よくスーパーとかで寝っ転がって泣き叫んでる子供いるだろ! あれぐらいやってこいって言ってんだよ!」





 ────あれを・・?



 俺が? やるのか・・・・?




「出来る気がしない・・」




 だけど────・・





(続く)






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