表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/72

御影少年の青春3

 ────『友愛数』。

 自分自身を除いた約数の和が互いに等しくなるような、自然数の組。まるで運命で結ばれたような関係にある、一万以下では5組しか見つかっていない希少数。


 多くの異性の中から気になる人間を選び、その中から交際にこぎつけ、更にその中からただ一人と結婚し、そしてその結婚に至ったカップルの三組に一組が離婚する。長い人生を終えるまでに、真に運命の相手と出会えた人間は、一体どのくらいいるのだろう。


 そんな相手を見つけるのは、友愛数を見つけるほどに困難なものだ────。





「あー。文化祭も終わったし、もう楽しいこと全部終了したなー・・」


「つーか晴人の女装、マジで可愛かったな・・」


「もういいよその話は・・。え。なんで写真持ってんの・・」


「え? 俺も持ってるよ?」


「理玖はまぁ・・いいんだけど」


「なんで俺はダメなの!?」


「てかさー、せめてクリスマス会でもやる? 勉強ばっかじゃ気が滅入るし」


「お前そんなに勉強してなくない?? 俺は初詣がいいな。正月ってガチでやる事なくない?」


「あ。今年もくるかなー、クリスマス前の告白ラッシュ」


「うん。お前じゃなくて晴人のとこにね」


「晴人! お前絶対フリーを貫けよ!? 彼女作ったら許さないからな!?」


「てゆうかさ、結局晴人は、誰が好きなん?」



 友人の一人のその余計な一言で、皆の視線が一斉に俺の方へと集まった。



「・・べつに特別に好き、という相手は・・」


「好みのタイプくらいあるだろ普通。晴人のそういうの、聞いたことないし」



 ────『普通』というのは、本当に嫌な言葉だ。自分の価値観を人に押し付ける。大多数と異なる異端を追い詰める為の言葉。



「・・強いて言うなら、三組の真鍋さん、かな・・」


 三組の真鍋さんは学年一可愛いと人気の美少女で、目立つ男子と次々交際している、言わば高嶺の花。校内カースト最上位の一軍グループの、悪く言えば盛りの付いた雌犬のような女だ。今は確かサッカー部のキャプテンと付き合っている筈だから、妙な事にもならないだろうし、皆も納得してくれるはず。


「なんだぁ、結構普通だな」

「誰とも付き合わないから何なのかと思ったら、理想が高いってだけかよ」

「そうだね・・。ほんとに好きな相手はアイドルの江藤ナツだから」

「あーわかるー。ナツちゃん最高!」



 俺に恋愛など必要ない。性欲の処理は自分でできるし、交際も、ましてや結婚になどまるで興味がない。


 万が一結婚して自分に子供が出来たら────それでも俺の心は少しも動かないのではないか。

両親(あの人達)と同じ様に・・。




 それが何より、恐ろしい。









◆◇◆◇◆◇◆◇




 最近気がつくとここに来てしまう。キッチンひだまり・・もうこれで四度目の来店。制服のまま行ったら前みたいにおかわりを薦められるかもと思うと悪い気がして、わざわざ一度家に帰って着替えてから行く。


(なんでだろう。最初に食べたときよりどんどん、美味くなってる気がする・・)


 今日はオムライスを注文してみた。セオリーどおりのベーコンと玉ねぎの入ったケチャップライスの上に、トロトロの半熟オムレツ。上にはビーフシチューのソースがそのままかかっているのか、細切れた牛肉が入っているのがちらほらと見受けられる。この変に奇をてらわず飽きのこない素朴で絶妙な味わい、そうそうこれこれ、と思ってしまうあたり完全にハマっている。

 


 後ろでカランと鐘が鳴り、人が通る気配がする。「よっ!」と声をかけたところを見ると、常連なのだろう。


「あ、ごめんね飯塚君。今日はそこの席、使えないの。隣でいいかな?」


「? なんで?」


「うん。まぁ予約席っていうか」


「予約? この店そんなのあんの?」


 飯塚と呼ばれた客はぶつぶつ言いながらも隣のテーブル席へ腰を下ろした。それからしばらくして、俺はこの店主の女性がそんな事を言った理由を知ることになる。


 またカランと鐘が鳴って、入って来たのは一人の老齢の婦人だった。


「いらっしゃいませ。そちらへどうぞ」


 店主の彼女が手をやった先にあったのは、あの予約席だと言ったテーブルだった。老婦人は案内された通りにそこへ座り、彼女が水を持っていくと、ビーフシチューを注文した。それ以外に特別なやり取りはなく彼女はまたキッチンへと戻っていったので、俺は心の中で首を傾げた。


 予約じゃなかったのか? 何故彼女はあの席をわざわざ取っておいたのだろう・・?


 理由が分かったのは、俺が食事を終えて会計をしようと席を立ったときだった。先程の件が気になっていた俺は、チラリと老婦人の座る席の方を一瞥し────そして見た。


 老婦人の前に置かれたビーフシチューの盆。その向かいに立てられた・・老紳士の写真。


 なるほど、と思った。おそらくあれは亡くなった老婦人の夫で、今日は何かの記念日か、夫の命日か・・はっきりとは分からないが、何らかの理由で老婦人は毎年この日、多分この店のこの席でこうして食事をするのだろう。彼女はその事を覚えていた。だから何も言わずにこの席を空けておいた・・。



「880円になります」



 変な人だ。「空けておきました」とでも言わなきゃ、お店のサービスの売りにならないだろう? 何の意味も無い。バカなのかな。




 " おかわりいる?"




 いや、違うよな。

 この人はただ、相手が喜べばそれでいい人。


 理玖と同じ・・『底なしの良い人間』。




「ありがとうございました」


 鐘を鳴らしながら閉まっていくドアの向こうで、彼女がいつもと変わらぬ優しい笑顔を俺に向けているのが見えた。





(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ