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勝手に決めないで2

 その後彼等の間でどんなやり取りがあったのか、私は今も知らない。聞く権利なんか無い。


 傷つく資格すら────私には無い。世間の目が怖くて、彼の気持ちから逃げた私には。


 

 淋しいのはきっと今だけ。

 あんな場面を目の当たりにしても・・彼の隣に相応しいのは、私などではなく亜美ちゃんみたいな年相応の女の子だと、やっぱり思ってしまうのだから────・・








「同窓会?」


「そ。来月10日の日曜。三連休の中日な。たまには参加しろよ」



 その日も混雑時間帯を避けた、午後五時台。飯塚君はそう私に凄んだ。近所のガキ大将的存在だった彼の所には、よくこういう話が舞い込んでくる。


「んー・・でもお店あるしなぁ」


「その日くらい夜だけ休めばいいだろ。今から告知しとけば問題ないし。たまにゃ息抜きも必要だぞ? まだ若いのにお前、店の事しかやってないだろ」


「う・・それは確かに、そうなんだけど」


 

 痛い所を突かれて、私は表情を歪めた。そんな私に向かって彼は、なにやらニヤついた笑みを浮かべる。


「実はさ・・お前に会いたいって奴が居るんだよ」


「へ?」


「覚えてるか栗原大輝。最近独立して、こっち戻って来たんだよ」


「ああー、栗原君ね。そうなんだ・・」


「ああーじゃねぇよ。お前昔、栗原のこと好きだっただろ」


「そ、そうだったっけな? もう随分昔の話だから、覚えてないなぁ〜?」


「実はあいつもお前のこと好きだったらしいぞ?」


 ん? なるほど・・それでこのニヤニヤなのか・・こういうお節介は飯塚君らしいけども。


「い、いやもう、小学校の頃の話だし・・今それが分かったからって、今更どうこうね・・」


 しかし彼のニヤニヤは増した。今日もビーフシチューを食していた彼は、そのスプーンを動かすのも忘れて、カウンター席からそのニヤけ面で私の顔を覗きこんできた。


「向こうは結構乗り気だったよ? そういうので始まっちゃうこともあるんじゃないのぉ〜?」




 飯塚君がそこまで話したときだった。



 カウンターに座っていた彼の隣で、バンッと大袈裟にメニューブックを置いた音。


 驚いて私と飯塚君は同時にそっちを見た。音を立てた主────御影君は、初めて見る不機嫌そうな表情で、飯塚君に睨みを向けていた。




「余計なお節介はやめて下さい。休みにしろとか営業妨害でしょう」



 え・・?



 唖然として、彼の方を見た。だけど私以上に驚いていたのは、詰め寄られた飯塚君だ。まるで彼の周りに???が浮遊しているのが現実に目に見える様な気がした。



「い、いやその・・俺は佐藤の事を、一応心配していてだな・・」


「三十近いのに仕事ばかりで恋人も居ないからって事ですか? それって飯塚さんの決めつけですよね。奈緒子さんは仕事が辛いとも恋人が欲しいとも、一言も言っていないのに。幸せの価値観は人それぞれです。恋人を作らず仕事に熱中するのが不幸な事だと、勝手に押し付けないで下さい」


「い、いや・・」



 御影君の異常な剣幕に、飯塚君はチラリと、私の方へ視線を向けた。「なんだこれ? どういう事?」と言いたいのだろう。



 だけど私は────今それどころではなかった。




 御影君が私の事で、飯塚君に詰め寄っている。


 それは彼の興味がまだ私に残っているのだと示していた。そして心の底でそれを私は・・喜んでしまった。



 最低だ。自分から逃げ出しておいて、心の底では変わらずに想っていて欲しいだなどと・・自分のあざとさに嫌気がさして、私はそんな浅ましい考えを否定する様に、こう声をあげていた。



「もうやめて御影君。ありがたいけど、これは私と飯塚君の問題だから」



 飯塚君を睨んでいた御影君の目が────こちらへと向けられた。目が合った。不快感をそのまま私へと向けた、彼の瞳と。




「俺が代わりに断ってやってるんでしょう。奈緒子さんがそうやっていつも、はっきりと断れない人間だから」




 ────その通りだね。

 当たってるから余計に痛いよ。御影君・・



「そうだね。だけど貴方に代わりに断って欲しいなんて言ってない。御影君には関係のない事だから」


 

 彼の表情が、一瞬余計に歪んだのが見えた。彼は私から目を逸らして下を向き、怒り収まらぬ様子で、こう言った。



「気分悪いんで帰ります」



 彼はエプロンを脱いでバックヤードに置いた鞄を手に取ると、そのまま店を出て行ってしまった。一度も私の方を見ないまま。その様子を私は、どこか遠い映像を見るようにただ眺めていた訳で。



 呆然として青ざめていたのは飯塚君だ。



「お・・お前ら・・・・もしかしてそういうコト、なのか・・?」



 飯塚君が私と、御影君の出て行ったドアをオロオロと交互に見るのが視界の端で動いている。私は下を向いたまま、上手くない暗い笑みを浮かべるのが精一杯で。



「そんな訳ないでしょ。彼がやっと今の私の年になったとき、私はもうすぐ四十になるんだよ。成り立つ訳ないじゃない、そんなの・・」



 今はまだ良くても、この恋に先なんか無い。

 彼が大人になっていくその横で、私の女としての魅力は、ここからどんどん失われていく。



 私が本当に恐れているのはそれだ。世間の批判を乗り越えた先に待っているのは、きっと美しい景色などではないだろう。終わりしか見えない刹那的な恋を始めるには、私は大人になりすぎてしまった。



「だけど・・じゃあお前、なんでそんなに泣きそうな顔してんだよ・・」




 本当にお節介だよ、飯塚君────。




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