地味子の休日
ミラノ風チキンカツレツ。
特徴は鶏むね肉を叩いて薄く伸ばす事で得られる、サクサクとした軽い食感。そしてパン粉と共にまぶされた、パルミジャーノチーズの深いコク。
そして何より嬉しいのは大皿いっぱいに横たわる、その大きさ。安価な鶏むね肉だからこそ実現できるこのボリュームは、男子学生さんにも大人気の定番メニューだ。
鶏むね肉を薄く開いて、麺棒で叩き伸ばす。こうする事で火入れを均一にし、また食感を柔らかく仕上げることができる。手間はかかるが、あの表面サクっと中は柔らかな食感を実現するには、不可欠な作業だ。これもお客様の笑顔のため・・!
「これを全部叩くんですか? 俺代わりますよ」
山積みになった鶏むね肉を目にした御影君は、そう言って私の手から麺棒を奪った。
「えっ、でも悪いよ。結構疲れるよ」
「俺みたいな高校生には、体力くらいしかありませんから。奈緒子さんの身体が壊れたら大変です。少し休んでてください」
強引に背中を押されて椅子に座らせられ、私は彼が鶏肉を叩く姿を、自分の店なのにまるで借りて来た猫の様に小さくなりながら見つめていた。本当に御影君は、優しくて頼り甲斐のある良い子だ。イケメン君がキッチンに立つエプロン姿、萌える。
「奈緒子さんはお休みの日は何をしてるんですか?」
御影君のその言葉に、私はびくりと肩を震わせた。
う・・この質問、苦手なんだよな。まだ27歳のくせに「特に何もしてない」とか言うと悲しすぎて心配されそうで・・。だって地元の友達は東京出てバリバリ働いてるか、そうでない子は結婚して子供産んでて遊びになんて行けないし。
「え〜と・・ここで新しいメニューの試作とか、かな?・・」
「そうなんですか。流石ですね。お休みだって週一なのに、その日もお店のことだなんて」
「あはは〜。ごめんね面白味のない話で」
「いえ。安心しました」
・・ん? 安心? 雇い主としての責任感とかって事か?
「あ、大丈夫だよ、お店は割と順調だから。お陰さまでカフェタイムの売り上げも伸びてきてるしね。前は仕込みの関係で中休みにしてたのをしっかり営業できる様になったのは、御影君が来てくれてるお陰だよっ!」
本当にお陰様で、ランチにプラスできるミニデザートの残りもカフェタイムに消化できるし、それに休みの日まで仕込みに追われることも無くなった。御影君が仕事できる人で本当に良かった。
「それは良かったです。じゃあ今度、試作の手伝いもしていいですか?」
「え・・?」
御影君・・
結構毎日バイトしてるのに、まだ稼ぎたいのかな。もしかして家計が大変とか・・?
「えっと・・でもあまり、休みの日に働いてもらう事もないんだよなぁ、どうしよう・・。あ、じゃあ掃除で二時間だけとかでもいい?」
「掃除はしますけど、お金はいらないですから。試作品の味見をさせて貰えれば、それで」
「え? で、でも・・それじゃ悪いよ。それに御影君、そんなにバイトばかりじゃ・・」
「いいんです俺がやりたいだけなんで。奈緒子さんに怪しい動きがないか、見張らないといけないですし」
あ、怪しい動き・・??
「だ、大丈夫だよ・・お店を潰す事なんて無いよう、ちゃんと頑張ってる・・から・・?」
困惑の表情を浮かべた私を見て、麺棒を手にした彼はまた、高校生にしてはちょっと大人びた顔で、クスリと笑った。